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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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   8

 ゆっくりと瞼を開くと、そこには見慣れた天井があった。

 カーテンの隙間からは明るい日差しが部屋の中に差し込み、脱ぎ散らかした衣服の上を一直線に通って、ドアの方まで伸びていた。

 あたしは小さくため息を吐き、ゆっくりと体を起こす。

 ダイニングへ向かい、お母さんの作ってくれた朝ご飯を食べて制服に着替えた。

 時計に目を向け、そろそろ出ないとまた遅刻しちゃうな、と思いながら無為な時間を過ごし、お母さんに急かされるようにして鞄を肩にかけて――そこでようやくそれに気づいた。

「あ、鞄」

 小さく呟き、思わず赤い鞄に手をやった。

 そう言えば、あたしの鞄はもう直ったんだろうか。

 マホさんは『明日また来てください。その時までには、新品同然に直しておきますから』と言っていたけれど、細かい時間までは提示していなかった。

 学校に行く前に、ちょっと訪ねてみようかな。

 もしまだ直ってなかったら、帰りにもう一度寄れば良いだけだし。

 思い、家を出たあたしはマホさんのお店、『魔法百貨堂』に足を向けた。

 昨日に引き続きいい天気で、散歩気分でとても心地よい日差しだった。

 涼しい風が頬を撫で、髪をなびかせる。

 自然と唄が口から漏れて、けれどあたしは恥ずかし気もなく、気持ちに任せて歌いながら道を歩いた。

 いっそこのまま学校をサボってしまうのもいいかもしれない。

 なんて思いながら不動産屋さんの角を右へ曲がり、まだ開いていない『楸古書店』と書かれた古めかしいお店の前に差し掛かる。

 確か、この古本屋さんの奥に扉があって、そこを抜けると魔法百貨堂に辿り着くはずなんだけれど……残念なことに、古本屋さんの引き戸は締め切られており、内側には黄ばんだカーテンが掛かっていて、中の様子も窺えなかった。

 ま、いいか。帰りにまた寄ろっと。

 そう思った時だった。

「――どうしたの? うちに何か用事?」

 すぐ傍で声がして振り向くと、そこには茶色の長い髪を後ろで束ねた女性が立っていて、あたしに笑みを浮かべながら、

「今開けるから、ちょっと待っててね」

 そう言って、かちゃりと鍵を回して引き戸を開ける。

「どうぞ」

 中を指し示す女性に、あたしは若干戸惑いながら、

「あの、あなたは?」

「あぁ、私、ナユタアカネ。ここで住み込みのバイトをしているの」

 それから小首を傾げながら、

「用事があるの、魔法堂の方でしょ?」

「えぇ、まぁ」

 あたしは頷き、

「えっと、マホさんは居ますか?」

 訊ねると、アカネさんは「あっ」と小さく口にして、

「ごめんね、今、留守にしているの。ちょっと急用が入って、昨日の夜から居ないんだ」

「そう、なんですね――」

 あたしは赤いバッグに手をやって、

「いつ頃戻ってくるか、わかりますか?」

「どうだろう、だいたい一日から二日くらいで戻ってくるけど……わかんないなぁ」

「そうですか…… じゃぁ、また改めてきます」

「そう?」

 それじゃぁ、と頭を下げてから学校に向けて一歩足を踏み出したところで。

「あ、待って」

「はい?」

 あたしは立ち止まり、アカネさんに振り返る。

「私で良かったら、話を聞くよ? 何か相談事があるんでしょ? お茶でもしながらお話ししようよ」

「え? でも学校が――」

 まぁ、別にどうしても行きたいわけじゃないけど、初対面の人と話すのって、やっぱりちょっと気が引ける。

 けれどアカネさんは明るい笑い声を上げながら、

「いいからいいから! ちょっとくらい、サボったって平気だよ!」

 おいで! とアカネさんはあたしの腕を掴むと、お店の中へと引きずり込んだ。

 バラの咲き乱れる中庭の片隅、そこに建つ四阿で、あたしたちは向かい合って座り、美味しいジャスミンティーを飲みながら、アレコレと世間話に花を咲かせていた。

 最初はなんか強引な人だなって思ったけど、こうして話してみるとすごく人当たりが良くて話しやすく、気付くと色々な話を引きずり出されていた。

 学校の事、オトモダチの事、母親の事、そして、昨日の二年生――広髙くんの事。

 茜さんは、ふぅんと鼻で答えるように一つ頷いてから、

「それで、彩名ちゃんはそのヒロタカくんのこと、どう思ってるの? 嫌い? ウザい?」

 あたしは首を横に振りながら、

「嫌いってこともないし、ウザい、までは思わないかな。ただ、あんまり関わりたくはないなって思ってる。前に付き合ってたカレシの事もあるし、あの時みたいなことになるの、あたし、もう嫌だから」

「でも、また同じことになるとは限らなくない? それでも?」

「……うん」

 とあたしは少しだけ考えてから、

「やっぱり、思い出しちゃうよね。前のカレシも最初はあんな感じでさ。まぁ、あの時はまだ解らなかったから付き合ってみてもいいかなって思ったんだけど、だんだんあたしに固執するようになっていって、最後には執着に変わって――色々、大変だったから」

「怖いって、こと?」

 あたしは唸りながら首を傾げて、

「まぁ、そうかもしんない。あの時はオトモダチの――真凛の彼氏が強引に話をつけてくれて、もう二度とあたしに関わらないようにしてもらったけど……」

「……けど?」

「あたし、知らないんだ。その後、元カレがどうなったのか。あたしが聞かされたのは、全部が終わった後だったから。真凛から、もう大丈夫だよって言われて、本当にそれっきり元カレはあたしに付きまとわなくなって。真凛たちがどんなことを元カレにしたのか解らないけど、だからこそ、なんかちょっと怖くってさ」

「ふぅん、そっか……」

 茜さんは難しい顔でお茶を一口含むと、すっと視線をバラの方に向けてから、

「まぁ、好きでもない人から言い寄られてもって気持ちはわかるかな」

 別にそこまでは言わないけれど――ただ、まぁ、そうとも言える。

 なるべくなら、穏便に済ませたい。

 あの時みたいに強引なことをするんじゃなくて、ヒロタカくんが元カレみたいなことをするようになる前に、全てを終わらせてしまいたかった。

 まだ、付き合っているわけじゃない。

 告白されたわけでもない。

 けど、ヒロタカ君の様子は元カレのそれとほとんど同じで、警戒してしまうのも仕方のないことだろう。

 大きな溜息を一つ吐いて、カップに視線を向けたあたしに、

「――じゃぁ、全部忘れてもらうのはどう?」

「えっ?」

 口元に笑みを浮かべながら、けれど真剣な眼差しで、茜さんはあたしを見つめる。

「真帆さんが昔から使ってる手段なんだけどね。言い寄ってくる男の人に、片っ端から忘れ薬を使ってたんだ、あの人」

「忘れ、薬?」

 何それ。凄く怪しい響きに、あたしは眉間に皺を寄せる。

「そんな都合のいいものがあるの?」

「うん、あるよ」

 と茜さんは頷いて、

「魔法の薬のひとつ。濃度によって一定期間の事、全部忘れさせることができるの」

 それからどこからともなく小さな瓶――高さ五センチくらいで、蓋の部分がスプレーになっている――を取り出すと、あたしの方に差し出してくる。

「これが?」

「一度きりの使い切りタイプ。しゅっと噴きかけたら、一週間程度の記憶が全部なくなる」

 使いようによっては、とても怖い道具だよ、と茜さんは口にして、

「これは護身用にあたしが持ってる分だけど、彩名ちゃんにあげる」

「……えっ」

「でも、使う時はよく考えてから使ってね。使われた方からしてみれば、突然記憶が無くなっちゃうんだもの。本人はそれまでに何があったのか、自分が何をしていたのか、全部きれいさっぱり忘れてしまう、そう言う魔法の道具なの。まぁ、真帆さんはそんなのお構いなしに使いまくって、よく怒られてたらしいんだけど」

 言って茜さんは小さく笑って、とにかく、と再び真剣な眼差しで、

「これを使うかどうかは、彩名ちゃん、あなたに任せる。ヒロタカくんに使ってもいいし、もし使わないのであれば、そのまま護身用にでも持っておいてくれていいから」

「……いいんですか? 貰っても」

 あたしはそれを手にしながら、小さく息を吐いて茜さんと視線を交わす。

 茜さんはにこりと微笑みながら、

「学校サボらせてまで話を聞いちゃったお詫びだよ」

「ありがとう、ございます」

 あたしは赤いバッグの中にそのスプレー瓶を収めると、椅子から立ち上がり、

「じゃぁ、あたし、学校に行きます」

「うん。いってらっしゃい。真帆さんが戻ってきたらまた連絡するから、それまではその魔法のバッグ、使っててね」

「はい」

 あたしは茜さんに店先まで見送ってもらってから、学校へ向かって歩き出した。

 茜さんがお店の中に戻っていくのを確認してから、もう一度バッグの中に収めた忘れ薬の瓶を取り出す。

 怪しげに青白く光るその液体は、ぱっと見には香水か何かにしか見えなくて。

 あたしは小さくため息を吐くと、それをポケットの中に突っ込んだ。

魔法百貨堂 〜小さな魔法の物語〜

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