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離宮はかつて後宮だったらしく、カール様以前の皇帝陛下が愛妾を住まわせていたそうだ。
けれどカール様はクラウディア様しか愛さず、アルフォンス様も公には誰の事も特別扱いしていないので離宮は空いたままだ。
だからアルフォンス様が皇帝になられたあと、カール様はそこを住まいにすると決めたらしい。
離宮は閑散としていて、余計に緊張感が増す。
貴族たちは中央宮殿に登城して仕事をし、議会は少し離れた場所に議事堂で行われる
中央宮殿付近に人が集まっているのに対し、離宮の周囲は人(ひと)気(け)が少なかった。
玄関ホールを歩くと足音が反響し、私は無意識に背筋を伸ばす。
先を歩く案内侍従はとりたてて何も言わず、私はジョゼと侍従、護衛を従えて静かに進んだ。
階段を上がって廊下を進むと、案内侍従はある扉の前で立ち止まる。
衛兵が左右に立つなか、侍従はドアをノックする。
すると中から現れた伝言侍従が、カール様に私の来訪を告げた。
私は花束と手土産を侍従に持たせ、応接室の中ほどまで進むと丁寧にカーテシーした。
「カール上皇陛下、シャレット聖王国第二王女フェリシテにございます。こたびは貴重なお時間を割いていただき、心より感謝申し上げます」
「……面を上げ、そこに掛けよ」
重々しい声に告げられ、私はもう一度軽く膝を折るとソファに腰かけた。
やがて執事が紅茶とお茶菓子を出し、部屋の隅に控える。
カール様はアルフォンス様の父なだけあり、整った顔立ちをした男性だ。
年齢は五十歳で、以前ははつらつとした印象のある方だった。
君主ながら思いやりのある方で、周辺国もそれに助けられていい外交関係を築けていた。
そんな彼だから、本来ならお会いできるのを楽しみにしたはずだった。
けれど今、私は荒んだ目でこちらを見ているカール様に、何から話すべきか逡巡している。
(とりあえず、ご挨拶をしないと)
私はニコリと微笑んで口を開いた。
「……昨晩は素晴らしい歓迎の宴をありがとうございました。お加減が宜しくないと耳に挟みましたが、お気遣いに感謝申し上げます」
「聖女をもてなしたついでだ。お前に興味はない」
飾らない言葉を向けられ、慣れているはずなのに胸が痛む。
「ついでであっても、嬉しかったです」
けれどこういう目には散々遭ってきたので、いちいち泣いたりしない。
ニッコリ笑ってみせると、カール様はつまらなさそうに「ふん」と息を吐いた。
「お見舞いに、お花とお菓子を持参しました。どうぞお受け取りください」
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侍従が花束を差しだすと、カール様は目を眇めてそれを見て、一応受け取ったあと侍従長に渡す。
お菓子も受け取ってもらえたけれど、食べてもらえるかは謎だ。
私はスッと息を吸うと、覚悟を決めて用件を切り出した。
「アルフォンス様から魔石と指輪についてお聞きしました」
それを聞き、カール様は僅かに瞠目する。
「陛下のお加減が悪いのは、魔石の影響なのですね」
彼を見つめると、カール様は諦めたように溜め息をつき、脚を組む。
「だからなんだ。ろくな加護を持たないお前が私を救えるとでも?」
せせら笑われるけれど、私は動じない。
(これは魔石の影響だ。本音かもしれないけれど、正確には本音を拡大解釈して悪意をのせただけ。誰だって体調が悪い時や、精神的につらい事があれば普段なら言わない事を口にしてしまう。陛下はその状態がずっと続いている感じと思っていい)
〝聖女〟のレティだって私に嫉妬すると分かった。
カール陛下はとても立派な皇帝だったけれど、彼も一人の人間だ。
彼は最愛の妃殿下を亡くした事で、心に癒えない傷を抱えて生きてきた。
次の妃を迎えないのがその証拠だ。
その傷付いた心に魔王の力が入り込み、時間をかけて蝕んでいった。
アルフォンス様や弟妹、カール様を慕っていた忠臣たちが嘆き悲しんだのは推して知るべしだ。
(以前は素晴らしい皇帝陛下だった。今の彼は本当のカール様じゃない。だから傷付く必要なんてない)
私は自分に言い聞かせ、背筋を伸ばして告げた。
「私には何もできないと思います。ですが姉なら、聖女の力で魔石の力を無効化できるかもしれません」
そう言うと、カール様は鼻で嗤った。
「自らの無能を認めるのか。確かに、聖女なら何とかできるかもしれないな。お前と違って聖なる力の恩恵があるのだから」
「はい。姉は素晴らしい聖女です。彼女ならきっと事態を好転させてくれると信じています。……ですから、どうかアルフォンス様のお心を掻き乱す言動はお控えください。お願いいたします」
私はソファから立ちあがり、深くカーテシーしてみせる。
カール様はしばし黙って私を見ていたけれど、やがて「ふっ」と嘲笑した。
「アルフォンスを好いているのか。幼い頃からお前は何かと問題を起こし、人のいい息子はお前を構いに行っていたな。お前にとってあれは、苦境から助けてくれる白馬の王子……というところか」
揶揄されて悲しいけれど、つらい時に助けてもらって恩を感じ、アルフォンス様を気にするようになったのは事実だ。
だから顔を上げ、まっすぐカール様を見つめて返事をした。
「はい。私はアルフォンス様を愛しています。彼からも求婚を受け、結婚したいと思っています」
言ったあと、遅れて体が震えてきた。
――でも、負けない。
――彼への気持ちだけは決して曲げない。
――ここですべてをレティに譲ったら、今まで受けたアルフォンス様の優しさも、何もかもが無に帰してしまう。
泣いてしまいそうになったけれど、私はぐっと目に力を込めてカール様を見据え、己の意志を誇示した。
しばらく、私たちは睨み合うように視線を交わしていた。
やがてその均衡を崩したのはカール様だった。