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会社に戻った部下の浜島は、真っ先に上司である津久野のデスクに赴いた。
「ただいま戻りました!」
「俺の代わりに、何度も行かせてしまって済まない。おかげで急ぎの仕事が、かなり進んだよ」
満足そうに、頬をほころばせて返事をした津久野に、浜島は声のトーンを落として話しかける。
「津久野課長、込み入ったお話がありまして」
「ああ、例の件か。自販機コーナーに行こう、コーヒー奢るよ」
ほかの社員に話を聞かれないようにすべく、ふたりはフロアにある自販機コーナーに移動した。
「津久野課長が目をつけてる高田って受付嬢、相当気にしてましたよ。単独で来訪した俺を見るなり、あからさまに落胆してました」
津久野は自販機の前に立ち、浜島がいつも飲んでいる缶コーヒーを購入し、手渡しながら返事をする。
「見た目以上に、気の強そうな女性だったからね。イヤでも印象に残るように、コッチから突っかかってやったんだ」
「うーわ、津久野課長ってばさいてー! コーヒーありがとうございますっ」
浜島はさっそくコーヒーのリングプルを開けて、喉の渇きをいやした。
「そういう浜島は三浦って女を、うまいこと釣りあげたんだろう? 女泣かせで有名人すぎて、ウチでは誰も相手にしてもらえないもんな」
「泣かせたくて、泣かしてるんじゃないですって。それに俺は津久野課長ほど、悪い男じゃないですからね」
「なにを言う。見るからに俺は、清廉潔白なのに」
津久野はカラカラ笑って、浜島が飲んでる同じ缶コーヒーを買い、リングプルを開けた。
「知ってますよ。シングルの女性じゃなく、誰かのモノばかり横取りしては、ひどい捨て方をしていってるとか」
浜島のセリフを背中で聞きながら、目の前にそびえ立つ自販機を見つめる。完売になっている炭酸飲料の銘柄を頭の中にすべてインプットし、次回購入しようと計画する。
「それはたまたま相手に恋人がいたり、既婚者だったという偶然が重なっただけさ。しかも今度のターゲットは、シングルだろう?」
「まあ打ち合わせついでに、受付嬢のふたりについて、いろいろリサーチしたのは俺ですから、シングルなのは決定ですけど。津久野課長も、ついに年貢の納め時ということでしょうか?」
「上がうるさくてね。役職に就いた以上は身を固めろって、顔を合わせるたびに説教されてさ」
津久野は持っていた缶コーヒーを一気飲みし、ごみ箱に投げ捨てた。中に入ってる缶に当たり、異音がフロアに響き渡る。
「津久野課長は、若いコは嫌いなんですか? 俺なら、あのふたりのうちのどちらかを選べと言われたら、迷うことなく三浦って女にしますけど」
「わかってないね。恋愛と結婚は、種類が違うんだよ。ひとときの火遊びなら、食べ応えのある若いコのほうが楽しいが、結婚は一生続くものだ。胃もたれを起こしたくない」
わかりやすいたとえ話に、浜島は「なるほど~、勉強になります」なんて、先輩をたてる声をあげた。
「俺のステータスをあげる女、つまり取引先の受付嬢なら会社は文句を言わないし、当然見た目だって申し分ない。気の弱いヤツより、多少なりとも強い方が、安心して家庭をまかせられる」
津久野は浜島から離れて、窓際に移動した。ビルから見下ろす外の景色に、嫌なしたり笑いを浮かべる。
遠く離れた、ターゲットが働く建物に津久野が狙いを定めて視線を飛ばしていたことなんて、高田は知る由もなかった。