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足元に柔らかな毛並みの感触がする。
「ニャー」
鳴き声がしたかと思えば、私の足にスリスリと顔を擦りつけてきた。
ダメだ、今はあまり動いちゃいけない。
今、私の足元に来ている子は、人慣れしていないと言われている「モカちゃん」だ。
嬉しい、可愛い、本当は撫でたい。
高揚する気持ちを抑え、平常心を保つ。
私は、和倉 芽衣(わくら めい)二十八歳。
今日は仕事は休み、保護ネコカフェで一人、癒しの時間を過ごしている。
この保護猫カフェは人慣れしていないネコも多い。普通の猫カフェとは違い、人間にお腹を見せてくるネコは少なく、あまり混雑もしていない。
ガヤガヤしていない落ち着いた空間が好きで、よく通っている。本を読みながら大好きなネコを近くに感じることができる環境は最高だ。
たまにネコちゃんが触れ合ってくれた瞬間はたまらなく愛おしい。
モカちゃんは、私の足元をグルグルしている。
この合図、少しだけなら触っても許されるだろうか。
私は手の甲を使い、優しくモカちゃんを撫でた。
よしっ!触れた!!
初めてこの子に触れた、嬉しい。自然と笑みが溢れる。
モカちゃんはしばらく撫でさせてくれたあと、トトっと足早にネコドームの中に入って行った。
モカちゃんを見届け、途中まで読んでいた小説を再び広げようとした時
「すみません。お隣、良いですか?」
メガネをかけた男性に声をかけられた。
身長は高く、ジャケットの上からでもがっしりとしていることがわかる身体つき、綺麗に整えられた首筋まである黒い髪の毛、少し長い前髪はサラサラしていて、清潔感がある。
いわゆるイケメンだ。私より年上かな。
メガネをしていてもカッコ良い、とったらどんな顔をしているんだろう。
ふとぼんやりとそんなことを考えたが、なぜ私の隣なんかに座ろうとするの?他の席、空いているけれど。
だけど<他の席、空いてますよ>なんて私には言えない。
「どうぞ」
私が返事をすると
「ありがとうございます」
軽く会釈をし、優しく微笑んでくれた。
なんだろう。何かの勧誘とか?
私も会釈して返し、小説を読もうとしたが
「モカちゃんに触っている人を初めて見ました」
先ほどの光景を見ていたのか、彼はすごいですと私に話しかけてきた。
モカちゃんの存在を知っているってことは、この人も常連さんなの?こんな人いたっけ?
人間には興味がないから、私が気にしていなかっただけか。
普通の女性なら
<モカちゃん、可愛いですよね。触れて嬉しかったです。よくお店に来るんですか?>
なんて会話を広げるんだろうけれど
「そうですか」
私から出た言葉は、素っ気ない愛想のないものだ。
仕事じゃない、今はプライベートの時間だ。
気を遣って人と会話なんてしたくはない。
イケメンだろうが、私は興味がない。
「お姉さんは、ネコ、好きなんですか?」
いかにも<話しかけないでください>オーラを出しているのに、この男の人には通用しないのかな。
「好きです」
一言答えただけだったのに
「動物が好きなんですか?」
会話を広げようとするこの人に戸惑う。
「動物は好きです。人間は嫌いです」
あ、ついつい本音が。言いすぎちゃったかな。
失礼すぎかも。
チラッと彼を見ると、表情変わらず
「僕も動物が好きなんです」
ニコニコと柔らかい表情だ。
この人のペースに巻き込まれたくない、きっと詐欺師か何かだ。
こんな私に関ろうとしてくる人なんて、何か疚しい目的があるだけ。
いつもそうだから、騙されない。
本当はもっと、カフェに居たかったけれど
「失礼します」
私は退店することにした。
「あ、すみません!俺、話しかけすぎちゃいましたか?」
お会計をしているのに、この人まだ追いかけてくる。彼の言葉を無視し、お会計を済ませた。
カフェは二階、一階まで階段を使って降りていたら、うしろから走ってくる足音がした。
まさか――。
「あの、すみません!!」
げっ!まだ追いかけてくる。
一階に降りたところで
「何ですか?」
息を切らしながら、一応答えてみたけれど
「俺と友達になってもらえませんか?」
全く予想していなかった言葉が返ってきた。
友達って、なんかもっと他に良い言葉は見つからないの?
「すみません。結構です」
振り切ってこのまま帰ろう。変なことに巻き込まれたくない。
「実はずっと前から気になってました。俺もよくこのカフェ通ってて。ネコに見せる、あなたの顔がとても可愛らしくて」
はぁ……。
この人、何を言っているんだろう。
そんな嘘、つかなくていいのに。
私に向ける好意なんてもう信じないとあの時決めた。
「嘘つかないで下さい!目的はお金とかですか?うまいこと言って、騙そうとしているんでしょ。私に可愛らしいとか、そんな言葉、通用しないんですよ。私はあなたのことなんて知らない。初めて会った人からそんなこと言われても、信じられません」
どうしてこんなに強気になれたんだろう。
会社ではただのロボットで<はい>しか私は言えないのに。大きな声を出したの、久しぶりかも。
はぁと息を吐き、一礼して再び歩き出そうとしたが
「そうですよね。はじめて会ったのに、信じろって言う方が間違ってますよね。来週、またここであなたを待ってます。俺、諦めません」
勝手に待ってますとか、何を言っているんだろう。
彼の言葉に返事をすることなく、私は帰宅することにした。