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時空屋の宴会場には、様々な人間が集まっていた。大半は、上念が代表を務める『東京 サイケデリック クリエイターズ』の理念に賛同する会員達で、元教師の甲本や、式根島の朝倉ケイ、そして不動産業を営んでいた津田隆弘の姿もあった。
鷹野や安座間も、幹部候補生としてこの会合に参加していた。
メンバーには自衛官や警察官も多くいて、とりわけ東京テロで活躍した鷹野は英雄視されていた。
総勢100名を超える参加者で、手狭な宴会場はすし詰め状態となってはいるが、上念の乾杯の合図と共に『東京 サイケデリック クリエイターズ』のメンバーは、振舞われたシャンパンを飲んで語らい、笑い合って思い思いの時間を楽しんだ。
鷹野は安座間と気が合った。
歳も近く、同じ自衛官としての自覚も共通するものがあった。
ふたりは、しみじみと誓いを声に出して笑った。
何故笑ったのかは、互いに理解していた。
「ー人格を尊重し、心身を鍛え、技術を磨き…んで…なんでしたっけ?」
酔った安座間は、鷹野にもたれかかる様にして言った。
「政治的活動に関与せずだよ!」
鷹野の言葉に安座間は笑った。
「これって、先輩、立派な政治的活動じゃありません?」
「そだね」
「でしょ、でしょ!」
鷹野は、グラスのシャンパンをグイッと飲み干した。
その奥の宴会場の前列でひとり、津田はうかない顔をしていた。
心中穏やかでは無かったからだ。
この『時空屋』は、10億の金をつぎ込んだ挙句に騙し取られた不動産物件で、東京ジェノサイド以前は裁判で係争中だったのだ。
それが何故、東京サイケデリッククリエイターズ所有の物件になっているのか、皆目見当もつかなかった。
それ故に、周囲の人間達が敵に思えた。
「皆、俺を騙しているのか? これ以上何を奪おうってんだ! 会社もなくなった!残ったのは債務だけだ!!」
津田は、叫びたい衝動を抑えるのがやっとで、宴会場に韓洋が現れてても気持ちは変わらなかった。
他のメンバーは、拍手で彼を迎えた。
テレビや雑誌でお馴染みの顔が、津田のすぐ目の前にあった。
上念のわざとらしい声が響いた。
「えー皆さん!ちょっとびっくりしたんじゃ無いかなって思いますが、特別顧問の韓先生がお越しくださいました!拍手拍手!!」
歓声が沸き起こる中、韓は微笑みながら言った。
「皆さん、あ、幣原さんはもう帰られたのかな?」
上念は頷いて見せた。
「えー、幣原さんの演説は見事でした。あの演説を聞いたら私は何も語る必要はないでしょう…この時空屋さんはですね…というよりも、私は仲間を大切にしたいと常に願っているんです。命に代えてもね」
韓の視線は津田に注がれていた。
「今日はね、何かの縁じゃないかな…かけがえのない仲間にね。この時空屋さんの登記簿と借用書を返しに来ました」
韓が、津田に歩み寄り声をかけた。
「津田さん、津田隆弘さんですね。地面師グループから取り返して来ましたよ。彼らはチャイニーズマフィアと繋がってました。私もチャイニーズの世界じゃ顔が広いから…君にこれをプレゼントしよう、大切な物件だったんでしょう?お父様から譲り受けた…」
韓が大きな茶封筒を手渡すと、津田は人目も憚らずに封を開けて書類に目を通した。
過去に交わした契約書や、借用書の一式が入っていた。
津田はこれまで、自分の人生は終わったと思っていた。
騙されっ放しの人生に、他者を呪って生きてきた。
それもこれも、時空屋を騙し取られたあの日から始まっていたのだ。
津田は声をあげて泣いた。
韓にひれ伏しながら、何度も頭を畳に擦り付けて泣いた。
『あ、有難うございます…有難う…御座います。命を救ってくださって…有難う御座います!」
宴会場の所々でも、すすり泣く声は聞こえていた。