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第68話 「夏、再び」
2022年8月。
兵庫県西宮市。
甲子園球場。
新幹線を降りた柳城高校ナインは、そのまま甲子園へ向かった。
何度来ても。
この球場だけは特別だった。
アルプススタンド。
銀傘。
黒土。
すべてが高校球児の憧れだった。
塁はゆっくりグラウンドを見渡す。
昨年。
ここで涙を流した。
春。
ここで優勝旗を受け取った。
そして今。
再び帰ってきた。
史陽も静かにグラウンドを見る。
「帰ってきたな」
塁が言う。
史陽が頷く。
「今度は夏や」
その言葉に二人は少し笑った。
開会式前日。
甲子園練習。
柳城の選手たちはいつも通りだった。
守備練習。
ノック。
打撃練習。
特別なことは何もしない。
福間監督の方針だった。
すると。
記者が福間監督へ質問する。
「春夏連覇への期待が高まっています」
監督は少し考える。
そして答えた。
「うちはまだ一勝もしていません」
記者は苦笑した。
まさに福間監督らしい返答だった。
その夜。
宿舎。
組み合わせ抽選会が行われた。
選手たちはテレビを見る。
そして。
柳城高校の初戦が決まる。
相手は北北海道代表。
北海学園高校。
堅い守備が持ち味の強豪だった。
決して楽な相手ではない。
抽選結果を見た後。
主将の佐伯が立ち上がる。
「相手がどこでもやることは同じ」
選手たちが頷く。
その時。
福間監督が口を開いた。
「去年の夏」
部屋が静かになる。
「春の優勝」
さらに静かになる。
「全部忘れろ」
選手たちは監督を見る。
「明後日からは新しい大会です」
誰も反論しない。
その通りだった。
甲子園は過去の実績を評価してくれない。
勝ったチームだけが次へ進める。
それが甲子園だった。
消灯時間。
部屋へ戻る塁と史陽。
窓の外には甲子園球場の照明が見える。
史陽がベッドへ座る。
「兄ちゃんの手紙」
塁が振り返る。
「持っとるか?」
塁は鞄を軽く叩いた。
「持っとる」
史陽も笑う。
「俺も」
それ以上は話さない。
二人とも。
大事な言葉は胸の中にしまっていた。
明後日。
甲子園初戦。
柳城高校の夏が始まる。
春夏連覇への挑戦。
その第一歩が近づいていた。
第69話 終
#高校生
コメント
1件
いやあ、もう甲子園の空気が文章からびしびし伝わってきました。何度も来た場所なのに「特別」という感覚を忘れない塁と史陽の距離感がいいですね。「今度は夏や」の一言に、春の優勝とは違う覚悟が込められてる。福間監督の「まだ一勝もしていません」も、チームを浮き足立たせない名采配。兄の手紙を互いに持ってるくだり、言葉にしない信頼が泣けます。次戦、楽しみです!