オオカミ頭の魔獣は姿勢を低く、まるで四つ足のように突進してその大きな口で噛みついてきた。
迎え撃つことも考えたがやはり魔獣。噛みつきに合わせ、両腕でも掴みかかろうとする動作に大きく横飛びで避ける。
肩で息をしている。痛手はないがすでに命の危機であると警鐘が鳴っている。
なぜ、通じない! 豚を惨殺せしめたあの武器を、それと同じ事を可能とする武器を俺は手に入れたはずなのに!
騙されたか⁉︎ いや、ダリルと行ったあの渓谷での出来事は間違いなく、ダリルはそれを魔剣によるものだと!
俺のこの剣はこいつにあれと同じ結果をもたらすと!
またオオカミ頭が俺を喰うために構えている。今度はその長い腕を大きく広げて。
今度こそ躱すことは叶わないだろう。
焦りが俺の思考を埋め尽くす。
ダリルはなんて言っていた? この剣は魔剣。オオカミ頭を仕留めさせてやると。
違う、そこじゃない。
もっと大事なこと。そうダリルとの紅蓮蝶の時のこと。
美味しい水。ダリルのサンドイッチ。冷たい水。似合わない猫のぬいぐるみ⁉︎
違う! ダリルはどうやって紅蓮蝶を仕留めた⁉︎
分からない。虫あみの振り方? そんなばかな!
焦りが邪魔をする。さっきまでの落ち着きはあれは嘘だったのか? 何かを掴んだ気がして勘違いしていただけだ!
紅蓮蝶なんてこいつとは違うのに!
もう時間がない。黒い暴風のごとく迫り来る魔獣の攻撃を躱すことはできない。
思考は巡る、取り留めもなく。
光が。光の粒が視界を彩る。
死がそこまで迫っている。
記憶の奔流に咲き乱れる花たち。あの丘の。一輪のひまわり。
「いつかまたここで、ピクニックしようねー」
なぜ、この窮地にそんなことが頭をよぎったのか。記憶にない女の子と交わした約束。胸が苦しくなるほどに愛おしい笑顔が、ひまわりが揺れた。交わした約束を守りたい。そのためには生きて──。
剣がほのかに桃色に光り、苦し紛れに振り上げた軌跡は苦もなくその首をはねとばし、勢いづいて迫り躱せないその巨躯はベールのようなものに阻まれはじかれて左後方へと通り過ぎて行った。
夢うつつ、命の危機を脱した俺はその場に両膝をつき、涙を流していた。仲間の仇を討てたのだ。
膝の上に横にして持った剣からは既に桃色の輝きは失われている。俺はなぜだか分からないまま、剣を抱えて泣き続けていた。
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