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「詠史くんなにが食べたい?」


「お肉。牛肉っ」


「よっしゃ」父親ですらしない行為。わしゃりと、詠史のまぁるい頭を撫でた広岡さんは、傍から見たら完璧なる父親だ。「お肉のコーナーに行こう。どっちが先につくかー、勝負だっ」


「こら走らないのっ」


「早歩き対決だっ」わたしの声を聞いて広岡さんは急ぎ足で。わざと、……ゆっくり走っている。可愛いな。


広岡さんったら。プライベートだとこんなお茶目な一面があるんだ……知らなかった……。


ショッピングカートを詠史に押させる広岡さんは、後ろから詠史に声をかけてやっている。……任せておいても、安心そうだ。わたしはふたりに声をかけ、飲み物とか見てきますね、と言って探しに行った。


* * *


「詠史くんは背が高いなぁ。ういしょ」


買い出しに行った後の、重たい袋をぶらさげた手で、広岡さんは、片手で詠史を抱こうとする。おお。男の人の力ってすごいなぁ……わたしひとりじゃもう、詠史は抱っこが出来ない。


「うわぁ。面白い。パパ、もいっぺんやってー」

脇の下から手を入れられ、胸元を抱え込むようにして抱き上げられた詠史は、初めての経験にご満悦だ。父親ですらやらないことを……と思うと複雑な思いがする。


今日は泊まりでずっと一緒に過ごす。……とはいえ、やさしさを与えることは、かえって残酷なのではなかろうか?


とはいえ、詠史があんなに嬉しそうにしているんだもの……あとで腕相撲しようぜ、指スマおれ得意なんだ、と勝気な様子で言っている詠史を見て……なにも言えなくなった。


* * *


「あー広岡さん。買い出しお疲れさまですー」


既にテントを立てているのは、前野さんと中島《なかしま》さんだ。あと、山崎《やまざき》さんも。


わたしたちが来ると彼らは頭を下げる。力関係って大事よね。女性二人が手伝っている様子なので、腕まくりをして広岡さんがすぐに手伝いに入る。……男の人って頼もしい……。


テントを張るのはふたりに任せるとして、女性たちは料理の下ごしらえに入ることにした。あと、細かな荷物整理整頓とか。

他にも子どもが来ているらしく、かるく自己紹介した後はあっという間にきゃっきゃ遊び始めた。湖のほとりで、誰かが持ってきたのか、水鉄砲で遊んで、びしゃびしゃになって。用意周到なことに、ゴーグルをかけている子までいる。


最初は、よくも知らない会社のひとたちとお泊りだなんて、大丈夫かなぁ? とすこし心配だったけれど、……詠史の様子を見る限り大丈夫そうだ……割と、溶け込んでいる……。笑い声が聞こえて安堵する。


「……鷹取さんって、広岡さんといい感じじゃないですか?」


洗い場で野菜を洗っているとにこやかに、中島さんに言われドキッとした。まさか……バレてる……?


一方で山崎さんは露骨に面白くなさそうな顔をしている。この話題からは撤退するのが禁物だ。


「うちの主人が来れなかったものですから……詠史が懐いていて……ごめんなさい……」


「謝ることはないですよ」と中島さんは手際よく米を研ぎながら、「家族連れのイベントなんですから。みんなで仲良くするのが当然です。あたしたちも、女同士なんですから、仲良くしましょう。ねっ」

「そうですよね」ちょっと、表情の和らいだ山崎さんは、「こういうときって結局力仕事って男たちがやって女たちは炊事担当なんですよね……ま、協力し合わないと損ですよね」


あまり雑談のない職場なので、中島さんと山崎さんのことはあまりよく分かっていなかったが、中島さんがプライベートだと割かしフレンドリーな独身女性で、おそらくアラサー? かな。で、山崎さんはふたりの男の子のお母さん。四十代。山崎さんのお子さんたちが、詠史と遊んでくれている。


中島さんと山崎さんとわたしは現時点で同じチームで仕事をしており、中島さんから仕事を教わることが多い。結構質問しがちなわたしに対し、都度、中島さんは丁寧に答えてくれる。


うちの会社、というか、いまの若い子ってあまり質問をせずメモも取らずに仕事をするのが当たり前っぽくて。わたしは質問が多くて中島さんは大変だったと思う。マニュアルにありますが、と何度言われたことか。申し訳ない……。

話してみると、中島さんは、音楽のフェスやライブに行くことが好きらしく、その話をしてくれた。わたしがグク推しだと聞くとヲタ芸の話で盛り上がった。途中から、山崎さんが入れなさそうだったので話題を変える。


するとやっぱり子育ての愚痴ばかりとなり、今度は中島さんが入れなくなる……難しいな、奇数の女たちって。


他のメンバーは椅子やテーブルを用意したり、子どもたちに混ざって遊んだりとなかなかに忙しい。結局三人でカレーを作ることとなった。


* * *


「あ。……美味い」


その顔が見られてよかったなと、こころから思ってしまう。


今日だけは、特別な思いでいさせて。


キャンプチェアに座り、カレーライスを一口入れて、顔をほころばせる広岡さん……。最高に可愛い……。


男の人がもりもり食べてる様子ってなんかいいよね。そそられる。


「中島さんと鷹取さんと山崎さんとで作ってくださったんですよ」と新卒の子は気遣いを忘れない。「……あたしは料理が出来ないので……主婦のかたってやっぱりすごいですね……」


「中島さんは主婦じゃないじゃない」

「あ」――と、気まずい空気になりかけたところを、げふぅ、と前野さんが大きなげっぷをしたのでその場は笑いに包まれた。男の子たちは、きったね、などと突っ込んで、すかさずママたちに怒られている。……こんなふうに。


キャンプファイヤーを囲んで、和やかに輪になって談笑して美味しいものを食べる……。


そういえば、外食なんて久しくしていなかったな。歓送迎会と、こないだの女子会くらいのものか。


場所が変わるだけでこんなにも食べ物は美味しいのか。いつもよりも、……澄んだ空気。夜空の下で。数倍料理が美味しく感じられる。


当たり前だったはずの日常が消え失せて、取り戻しかけたいまとなってもやっぱり、……ひととの交流は大事だと思うし、他人の考えに触れることに貪欲な自分でいたい。


食事を終えると若い子はキャンプファイヤーの周りでダンスを始めて、主婦たちは後片付け。広岡さんも気づいて手伝おうとしたが、男子禁制です、と山崎さんに断られてしまった。


「広岡さんみたいな偉い方が皿洗いなんかしちゃダメです。のんびりコーヒーでも飲んでてください」

「……はぁい」すごすごとしょげた感じで引き下がる広岡さんを見て女性たちは笑った。前野さんがコーヒーを淹れてくれ、後からみんなでそのお味を楽しんだ。


* * *


「……詠史ってトイレから戻ってきてます?」


確か男の子たちと一緒に遊んで、手を洗うからといってトイレに行ったはずなのだが。〇〇さんは、「いいえ」と首を振り、


「ちょっと星を見に行くからって言って、詠史くん、ひとりであの丘を登って行きましたよ。……後から男の子たちもついてく、って言ってましたけど……」


え。それはちょっと……。大丈夫かな。


「ちょっと探してきます」とわたしはその場でエプロンを外し、「すみませんお片付けの途中で。失礼しますね」


慌てて探しに行くわたしを見て、《《彼女》》がほくそ笑んでいることなど……わたしは、知らなかったのである。


申し訳ないですが、許しません。

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