『薪』
鈴木が名前を呼ぶ。
『どうしたんだよ、今日ずーっとぼうっとして。 薪らしくないぞ?』
なんでもない、と言ったつもりだったが自分の声が聞こえない。
『⋯今日道端に綺麗な花が咲いててさ、思わず撮ったんだよ、ほら』
鈴木が微笑みながら写真を見せてくる。それはピンクがかった小さい、かわいい花だった。
『へー!スターチス、だってさ』
いつの間に調べたのか、鈴木がその花の名前を口にする。
『花言葉はー
ガバッ
「⋯っはぁ、はぁ」
薪が胸を抑え必死に呼吸を繰り返す。目が覚めると第九の仮眠室だった。久しぶりに見た、親友の夢。
「⋯鈴木⋯っ」
何年経っても夢に出てくる。何度も、何度も。でも、幸せそうにしている鈴木の夢は初めてと言っても過言ではなかった。いつも、いつも”あの”⋯
「ああぁぁ⋯っ!!」
薪は半狂乱になり叫ぶ。すると誰かが走ってくる音が聞こえた。勢いよく扉が開く。
「薪さん!!」
それは親友によく似た、部下の青木だった。
「っはぁ⋯はぁ」
「薪さん、大丈夫ですか!?」
青木は冷静に薪に問いかけた。薪はたまにこういった事があるのだ。「鈴木」が関わった時に。薪は必死に呼吸を整える。あれは夢だ、あれは夢だ⋯何度も何度も自分に訴えかける。そしてだいぶ呼吸が落ち着いたところで薪は冷静を装って青木の方を向いた。
「⋯ああ、大丈夫だ⋯ 僕のことはいいから早く捜査の方を進めろ 僕ももう行くから」
「ダメですよ薪さん。 寝ろ とは言いませんからちょっと休んでてください!」
青木は立ち上がろうとした薪をひょい、とお姫様抱っこをし、やや乱暴にまたもやソファに寝かせた。
「⋯」
薪は青木のせい、なのかおかげ、なのかは分からないが冷静になりここが現実だと再認識した。
「捜査は僕らに任せてください! なんと言っても薪さんの部下、ですからね!」
青木は得意げな顔でそういった。
「⋯」
青木はいつも薪が半狂乱になったりしても何も聞かない。それは彼なりの優しさなのだ。鈴木の事、ということを分かっているからだ。
「では、ごゆっくり休んでてくださいね!」
「まて」
薪が青木を呼び止めるのはなかなかない。怒られるのか、調子に乗りすぎたか?と思いながら、どうしましたか、と青木が聞く。
「⋯まだ、ここに居ろ」
「え」
「まだここに居ろ」
薪はいかにも冷静を装っていたが、その手は震えていた。
「⋯室長命令だ」
青木は ふ、と笑った。
「分かりました 室長」
と微笑みながら言った。その笑顔は夢の中で見たあの微笑みとそっくりなものだった。
『薪』
親友を思い出す。夢は心の奥底にある意識や心理が反映されるらしい。
「薪さん、見てください! 姪の舞が僕があげたおもちゃで遊んでくれているんです!」
青木は幸せそうな笑顔でスマホの画面を見せてきた。そこには小さい子供が楽しそうに遊んでいる映像が映し出されていた。
「可愛いな」
思わず薪も微笑む。動画は1分近いものだった。
「もう姪が可愛くて可愛くて仕方ないんですよ⋯!」
「⋯」
「⋯薪さん?」
薪は青木の声で自分がぼうっとしていたのに気がついた。微笑む姿、スマホを見せる仕草。あの夢と重なるものがあった。
「ま⋯」
薪は青木が自分の顔を見て、悲しそうな困った顔をしている、ように見えた。薪は自分の視界がぼやけていることにも気づいた。
青木が薪を優しく抱きしめた。何も言わずに、青木は背中をさすった。青木は泣いている薪に対し、知らない少年を抱きしめているような感覚だった。
「⋯せーかいにひーとーつだーけーのはーな」
「⋯?!」
青木は唐突に歌を歌い始めた。それは昔聞いたことある、懐かしい曲。
「ふ」
薪は思わず笑った。
「⋯お前歌下手だな」
「そ、そんなぁ⋯ この曲歌うと姪、喜んでくれるんですけど⋯」
青木は少しショックを受けていた。
「おじばかだな」
と言いながら青木を見上げた。見上げた先にあったのは優しい笑顔で微笑む、青木一行の顔だった。