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あの夜、蓮司の部屋の窓は開いていた。冷たい風がカーテンを煽り、薄い布が遥の足元をなぶっていた。
けれど、彼の肌の奥を冷やしていたのは風じゃない。
言葉だった。
視線だった。
沈黙だった。
「……また無反応か。退屈だなあ、おまえ」
蓮司がそう言って笑う。嘲りでも、怒りでもない。
本当にただの“感想”のように、飽きた玩具に向けたものと同じ口調で。
遥は何も言わない。言えない。
ベッドの上で、身体だけが応じている。
勝手に熱くなり、勝手に脈打ち、勝手に涙を滲ませる。
“欲しかったからだ”
“自分が望んだから”
“だから壊れた”
遥の脳裏を、玲央菜の手、晃司の足音、沙耶香の笑い声、父の背中が次々に通り過ぎていく。
「助けてほしい」と一度でも思った自分が悪い。
「優しくしてほしい」と願ったことが罪。
だから、こうなって当然。
だから、蓮司にされることすら、自業自得。
「やめろって、言えばやめてやるよ?」
蓮司がふいにそう囁いた。耳元、湿った声で。
遥は一瞬、喉が動いた。けれど、声にならない。
「やめて」と言えば、今よりもっと“弱い”ことになる気がした。
それは、今まで自分を生かしていた唯一の鎧を、全部剥がすことになる。
「……言わねぇのな。うん、やっぱおまえ、面白いわ」
蓮司の笑い声が、骨の芯にまで染み込んでくる。
遥の中で、何かがすり減っていく音がした。
——ああ、また“応えてしまった”。
身体の反応が、脳の否定よりも先に来るたび、遥は自分を殺したくなる。
“求めた”ことを、どれだけ否定しても、それは“起きた”という事実から逃げられない。
「ああ、やっぱり俺が壊してんだ。日下部も、自分も」
誰にも頼まれなかった。
誰も助けてくれなかった。
でも、誰かのせいにはしたくなかった。
それはきっと、“本当に壊れる”ことだから。
蓮司の手が離れたあと、遥はぬるい汗と息の音に包まれていた。
自分の体臭と、他人の気配と、寝具の重さがすべて嫌悪感になって押し寄せる。
蓮司がふと、ベッドの端から訊いた。
「……なあ遥。日下部、まだ好き?」
遥は、顔を隠したまま動かない。
でも心の奥で、何かが、ひび割れた。