テラーノベル
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17歳くらいの中太。構成員A、佐藤くんからみた中太です。
ポートマフィアという組織は、血と硝煙の匂いが染み付いた場所だ。 構成員の佐藤は、今日も今日とて無機質な廊下の壁際に立ち、上官の護衛という名の「観測」に励んでいた。
佐藤には、組織内でもごく一部の人間しか知らない……というか、あえて口に出さない秘密の趣味がある。彼は、いわゆる「腐男子」であった。それも、特定の二人組——「双黒」と恐れられる中原中也と太宰治の、あまりにも完成された関係性に魂を焼かれた男である。
「……あー、いたいた。おい、青鯖。手前、勝手に作戦会議を抜け出すんじゃねえよ」
廊下の向こうから、苛立ちを隠そうともしない低い声が響く。歩いてくるのは、重力使いの中原中也。十七歳。小柄ながらも圧倒的な威圧感を放つ、マフィアの若き幹部候補だ。
「やあ中也、耳障りな声だね。せっかくここで、死後の世界について思索を巡らせていたというのに」
それに応えるのは、全身に包帯を巻いた少年、太宰治。同じく十七歳。中也とは対照的に、柳のようにしなやかで、しかし底の知れない闇を瞳に宿している。
壁際で直立不動の姿勢をとる佐藤の心拍数が、わずかに跳ね上がった。 (来た……! 現場だ、生「双黒」だ!)
佐藤はあくまで無味乾燥な構成員 A の顔を保ちながら、全神経を耳と目に集中させる。彼らにとって佐藤のような下っ端は風景の一部に過ぎない。だからこそ、彼は特等席で「それ」を見ることができるのだ。
「思索だあ? 居眠りの間違いだろ。さっさと来い、首領がお呼びだ」 「嫌だよ。中也の顔を見ると、今日一日が呪われそうな気がする。ああ、嫌だ嫌だ。私は君のことが、この世の何よりも嫌いなんだ。蛞蝓の粘液よりも、泥水の中で死ぬことよりもね」
太宰は露骨に嫌そうな顔をして、ひらひらと手を振る。
「それはこっちの台詞だ、クソ太宰! 手前の面を見るたびに、俺の寿命が縮んでんだよ。反吐が出る。手前みたいな腹黒包帯、マフィアじゃなきゃ今すぐ重力で潰して塵にしてやるところだぜ」
中也も負けじと、太宰の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。 端から見れば、一触即発の険悪な空気だ。しかし、佐藤のフィルターを通すと、その景色は全く別の色彩を帯びる。
(……はい、頂きました。「大嫌い」は「大好き」の裏返し。中也さんは口では怒鳴り散らしてるけど、立ち位置が太宰さんの死角を完璧にカバーする絶妙な角度なんだよなぁ。そして太宰さん、嫌がってる割に中也さんが近づいても一切身を引かない。むしろ、自分から中也さんのパーソナルスペースに溶け込んでる。尊い……)
佐藤は心の中でむせび泣いた。 自分はノンケだ。女性が好きだし、結婚願望だって普通にある。だが、この二人に関しては別だ。性別を超えた、魂の共鳴のような何かがそこにはあった。
「いいから来い。……おい、また包帯が解けてんじゃねえか。だらしねえな」
中也が舌打ちをしながら、不意に手を伸ばした。 太宰の首元で解けかかっていた包帯の端を、手慣れた様子で掴む。
「触るなよ、蛞蝓が移るじゃないか」 「うるせえ。こんなの引きずって歩いてたら、敵に引っ掛けられて死ぬぞ。手前を殺すのは俺だって決めてんだ。変なところで死なれちゃ寝覚めが悪ぃ」
そう言いながら、中也は器用に太宰の包帯を巻き直していく。その手つきは驚くほど丁寧で、決して太宰の肌を強く擦るようなことはしない。 一方の太宰も、「嫌だ」「最悪だ」と口では毒を吐きながらも、中也が作業しやすいように顎を少し上げ、されるがままになっている。
(見てくれよ、あの自然な動作……。十七歳男子が、嫌いな奴の包帯を巻き直してやるか? 普通。やらない。絶対やらない。これ、無意識なんだよな……お互いに「やって当然」だと思ってる。熟年夫婦かよ)
佐藤は感動のあまり、持っていた記録用のバインダーを強く握りしめた。 二人は喧嘩を続けながら、自然と歩き出す。廊下を歩く二人の距離は、拳一つ分も空いていない。
「……あ、そうだ。中也、昨日の任務の報告書、代わりに書いておいてくれたまえ」 「はあ!? なんで俺が手前の分まで書かなきゃなんねえんだよ!」 「中也は字が綺麗だからね。私のような美しい人間が、あんな事務作業で時間を浪費するのは国家的な損失だよ」 「死ね! 自分で書け! ……チッ、どうせまた白紙で出すつもりだろ。今回だけだぞ、クソが」
(結局、書くんだ……中也さん、甘すぎる。そして太宰さんも、中也さんが「絶対に断らない」って分かってて甘えてる。この、信頼に基づいた傲慢さ。これぞ双黒!)
二人が佐藤の前を通り過ぎようとしたその時、廊下の角から台車を押した他の構成員が勢いよく飛び出してきた。
「あ、危ない!」 佐藤が声を出すよりも早かった。
「おっと」
太宰がひらりと身をかわす。それと同時に、中也の右手が自然に太宰の腰を引き寄せ、ぶつかりそうになった台車から遠ざけた。 ほんの一瞬の出来事。太宰は中也の腕の中に収まる形になり、中也は太宰を庇うように半身を前に出している。
「……おい、前見て歩け。次は重力で床に埋めるぞ」
中也が低い声で構成員を威圧する。構成員は真っ青になって謝罪し、逃げるように去っていった。 一瞬の静寂。
「……いつまで触ってるんだい、この蛞蝓。気持ち悪い」 太宰が、中也の腕を軽く叩く。 「ああ? ……おっと。手前がフラフラしてるからだろ。さっさと離れろ、服にサバの生臭さが移る」
二人は弾かれたように離れ、互いに服を払う仕草をする。 顔を背け合っているが、佐藤は見逃さなかった。 中也の耳がわずかに赤いことを。 そして、太宰が口元を隠しながら、満足そうに目を細めたことを。
(……ごちそうさまです。本当にありがとうございました)
佐藤は天を仰いだ。 彼らは自覚していないのだろう。自分たちがどれほど互いを特別視し、無意識のうちに慈しみ合っているかを。 「嫌い」という言葉が、彼らにとっては「愛してる」よりも深い親愛の情を込めた記号になっていることに。
「おい、佐藤! いつまでボサッとしてやがる。行くぞ!」 中也が振り返り、佐藤に怒鳴る。 「はっ! 失礼いたしました!」
佐藤は慌てて二人の後を追った。 心の中では、二人の未来に幸多からんことを願わずにはいられない。 いつか、この「嫌い」という仮面が剥がれ落ちる日が来るのだろうか。それとも、一生このまま、「大嫌い」と言い合いながら背中を預け合うのだろうか。
どちらにせよ、彼らを見守ることが、この危険なマフィア稼業における佐藤の唯一の癒やしであった。
「中也、今日の晩御飯は高級な蟹がいいな」 「手前の金で食えよ!」 「えー、財布忘れてきちゃった」 「嘘をつけ! ……ったく、今回だけだぞ。安い店じゃねえぞ、分かってんだろうな」 「わーい。やっぱり中也は、私の犬として優秀だね」 「誰が犬だコラァ!」
(ああ……今日も世界は平和だ)
佐藤は静かに微笑み、彼らの背中を追いかけた。 いつか彼らが結ばれるその日まで(あるいは結ばれていることに気づく日まで)、彼はこの特等席で「観測」を続けるつもりだった。 たとえ、それがどれほど心臓に悪い光景であったとしても。
二人が角を曲がった先で、中也が太宰の肩を小突く。太宰が笑いながら、中也の帽子を奪って逃げる。 その、あまりにも十七歳らしい、けれど彼らにしか踏み込めない聖域のような光景を、佐藤はしっかりと脳裏に刻み込んだ。
「……頑張ってくださいね、お二人とも」
小さく呟いた言葉は、誰に届くこともなく、マフィアの冷たい廊下に消えていった。
だが、それでいい。 彼らが「嫌い」と言い合っている限り、その関係は永遠に続いていくのだから。 佐藤は今日も、満足げな溜息を吐きながら、任務へと向かうのであった。
おい佐藤、そこをどけ(微笑み
ポートマフィアの廊下には、今日も緊張感と「何か」が漂っている。 観測者・佐藤は、壁のシミになりきりながら、前回の「包帯巻き直し事案」の尊さを反芻していた。しかし、今日の彼は一人ではない。隣には、中太ファンの同志……ではなく、最近太宰の直属として重用されている若手構成員、鈴木が立っていた。
鈴木は佐藤とは違い、純粋で真面目な青年だ。そんな彼が、何やら思い詰めた顔で佐藤の袖を引いた。
「佐藤さん……少し、相談に乗っていただけませんか。僕、もうどうしていいか分からなくて」
佐藤は内心でガタッと立ち上がった。 (鈴木くん! 太宰さんに気に入られて、最近いつも二人の近くにいる君からの相談! 嫌な予感と素晴らしい予感が同時に押し寄せてくるぞ!)
「……ああ、いいよ。どうしたんだい、鈴木くん」
「あの……太宰さんに、恋愛相談をされたんです」
佐藤の思考が、一瞬ホワイトアウトした。 (恋愛相談? あの、太宰治が? 自分の心臓さえチェスの駒にするような男が、誰かに恋の悩みを打ち明ける……? それはもう、相手は世界で一人しかいないだろうが!)
「……ほう。それで、太宰さんはなんて?」
「それが……『最近、すごく目障りな奴がいるんだ』って仰るんです。その人の顔を見るだけで動悸がするし、声を聞くと頭に血が上る。いっそこの手で消してしまいたいのに、いざ姿が見えないと、どこで何をしているか気になって仕事が手に付かない。これって、末期の病かな? ……って。悲しそうに笑うんです」
佐藤は震える手で鼻血を抑えた。
(病じゃない。恋だ。それも特大のやつだ。自覚がないのか、あるいは自覚した上で「嫌い」という言葉に逃げているのか。どっちにしろ最高だ)
「僕は驚いて、『それはきっと、その方のことがお好きなんですよ』って答えたんです。そうしたら太宰さん、ものすごく冷たい目で僕を見て、『君は頭が湧いているのかい? 蛞蝓を好きになる人間がどこにいる』って……」
「蛞蝓」という単語が出た瞬間、佐藤の勝利が確定した。
(確定演出ありがとうございます! 蛞蝓=中也さん。公式解答いただきました!)
「それで、それで!?」
佐藤の食い気味な反応に引きながらも、鈴木は話を続ける。
「僕、怖くなって『すみません!』って謝ったんです。でも、太宰さんはその後、ぼそっと呟いたんですよ。『……でも、その蛞蝓、最近他の奴と楽しそうに酒を飲んでるんだよね。そいつを消した方が早いかな』って。目が、マジだったんです。僕、怖くて……。太宰さん、誰かを恨んでるんでしょうか」
(それは恨みじゃない。独占欲だ。しかも殺意混じりの。中也さんが他の構成員と飲んでるのが気に入らなくて、嫉妬のあまり物理的に排除しようとしてる……。十七歳の独占欲、重すぎて湿度がすごい!)
佐藤が心の中でスタンディングオベーションを送っていると、廊下の向こうから「噂の二人」がやってきた。
「おい、太宰! 手前、俺の酒のストック勝手に開けただろ! 銘柄でバレてんだよ!」
中也が、太宰の肩を乱暴に掴んで揺さぶっている。 太宰は心底嫌そうな顔をしながら、「あぁ、あの安物のワイン? 中也の舌が腐ってるから、私が毒見してあげたんだよ」と毒を吐く。
「安物だあ!? 三十万したんだぞ、アレ! 弁償しろ、この包帯無駄遣い装置!」
「嫌だよ。中也の財布から勝手にお金を抜いておいたから、それで新しいのを買いなよ」
「手前の金で買えっつってんだよ!」
言い合いながら、二人は佐藤と鈴木の前を通り過ぎる。 その時だった。
「あ、太宰さん。先程の件ですが……」
鈴木が、勇気を出して声をかけた。真面目な彼は、太宰の「病(恋)」が心配でたまらなかったのだ。 太宰が足を止める。その隣で、中也が不機嫌そうに眉を寄せた。
「ああ、鈴木くん。さっきの答えは出たかい?」
「はい。やはり、それは……その方と、もっと真剣に向き合うべきではないでしょうか。そうすれば、動悸も収まるはずです」
鈴木の真っ直ぐなアドバイス。 それに対し、太宰はふっと目を細めた。中也に掴まれていたはずの肩を、自分から中也の胸の方へと預けるようにして、挑発的に笑う。
「真剣に、ねえ。……中也、聞いたかい? 私はもっと君を虐めることに真剣になるべきらしいよ。嫌だねえ、これ以上嫌いになったら、本当に君を殺してしまう」
「はあ!? 手前、鈴木に何を相談してんだよ。っていうか、殺せるもんなら殺してみろ。その前に百回は往復ビンビンにしてやらあ」
中也は毒づきながらも、太宰が寄せてきた体重を当然のように受け止めている。それどころか、太宰が転ばないように、空いた手でさりげなく太宰の肘を支えていた。
「……中也。今夜、また私の部屋に来てよ。新しい自殺法を思いついたんだ。君に邪魔してほしい」
「……チッ。勝手に死なれたら寝覚めが悪ぃからな。一回だけだぞ」
二人は再び歩き出した。 言い合っている言葉はどこまでも刺々しいのに、その歩幅は完璧に揃い、肩と肩が何度も触れ合っている。
佐藤は、真っ白な顔で固まっている鈴木の肩を叩いた。
「鈴木くん。君の仕事は終わったよ」
「えっ? でも、太宰さんはあんなに中原さんを嫌って……」
「いいかい、鈴木くん。この組織にはね、『言葉』をそのまま受け取ってはいけない聖域があるんだ。……見てごらん」
佐藤が指差した先。 角を曲がる直前、中也が太宰の頭を「乱暴に」撫でた。太宰は「やめろよ、背が縮む」と言いながら、中也の袖をぎゅっと掴んで離さない。
「……あれは、相談に対する解決編だよ。中也さんが太宰さんの部屋に行く。それが全てだ。太宰さんは『邪魔してほしい(構ってほしい)』と言い、中也さんは『寝覚めが悪い(放っておけない)』と答えた。全問正解、満点だよ」
「……佐藤さん、詳しいんですね」
「まあね。ノンケだけど」
佐藤は確信した。 太宰の恋愛相談は、相談の形を借りた「惚気」だったのだ。無自覚に、あるいは鈴木をダシにして、自分たちの特別さを再確認したかっただけなのだ。
(太宰さん……わざわざ部下に相談するなんて、相当中也さんに構ってほしかったんだな。かわいいかよ)
佐藤は心の中でノートを広げ、今日の名言を刻み込んだ。 『嫌いすぎて殺したい=ずっと隣で邪魔してほしい』。
「……佐藤さん。僕、なんだか急に甘いものが食べたくなってきました」
「ははは。だろうね。僕もだよ」
二人の背中が見えなくなった廊下で、佐藤と鈴木はしばらく立ち尽くしていた。 ポートマフィアは、今日も平和だ。
(さて、中也さんが太宰さんの部屋に行くってことは……明日の朝の太宰さんは、きっといつもより少しだけ機嫌が悪いふりをして、すごくスッキリした顔をしてるんだろうな)
そこまで予測して、佐藤はガッツポーズを作った。 彼の「観測」に、また一つ新しいデータが加わった瞬間だった。
ポートマフィアの訓練場。硝煙と鉄錆の匂いが立ち込める中、構成員の伊東は、上官である中原中也の組手を見学……という名の「高解像度フィルタリング」を行っていた。
伊東は、組織内でも稀有な存在だ。ガタイが良く、173センチ、65キロという恵まれた体格。三兄弟の次男らしく世渡り上手で、何より彼は「自覚的なゲイ」であり、筋金入りの「雑食腐男子」だった。太中も中太もいける。二人が同じ画面に収まっていれば、それだけで白米が食える男である。
(……中也さん、今日の蹴りのキレが良すぎる。これはもしや、昨日の夜に太宰さんと何か一悶着あって、その鬱憤を物理エネルギーに変換してるやつか? 尊いな……)
伊東が心の中でペンライトを振っていると、不意に中也が動きを止めた。荒い息をつきながら、中也が伊東を指差す。
「おい、伊東。ちょっと面貸せ。……相談だ」
伊東の心臓が跳ね上がった。推しからの直々の指名。それも「相談」。
「はい、中也さん。何なりと」
伊東は努めて冷静な「忠実な部下」の仮面を被り、中也を人気の少ない物陰へと誘導した。中也は帽子を脱ぎ、苛立たしげに髪を掻き乱す。
「……手前、男が好きだって公言してたよな」
(直球きたあああ!! ありがとうございます!)
「ええ、まあ、隠してはいませんね」
「……じゃあ聞くが。男が別の男に対して、『消えてほしい』とか『面を見るだけでイライラする』とか抜かしながら……いざそいつが他の奴と親しげにしてると、無性に腹が立って、その『他の奴』を重力で床に叩きつけたくなるのは……どういう現象だ?」
伊東は膝をつきそうになるのを必死に堪えた。
(中也さん、それ、さっき太宰さんが鈴木くんに言ってたのと完全に鏡合わせの感情ですよ。両片想いすぎて世界が眩しい……!)
「それはですね、中也さん。一般的には『独占欲』、あるいは『恋』と呼びます」
「はああ!? 恋だあ!? 手前、誰に向かって言ってやがる! 相手はあのクソ太宰だぞ! 恋なんて反吐が出る、一番ありえねえ選択肢だ!」
中也は顔を真っ赤にして怒鳴るが、その声には困惑が混じっている。伊東は腐男子としての本能を全開にした。ここで怯んでは推しの恋は進展しない。
「では、中也さん。想像してください。もし太宰さんが、今日から突然あなたを無視して、別の人間に付き纏い、別の人間と心中を誓い、別の人間だけに嫌がらせを始めたとしたら。……どう思います?」
中也の表情が凍りついた。一瞬の間。
彼の周囲に、無意識のうちに黒い重力波がバチバチと鳴り響く。
「……そいつ(別の人)を、今すぐこの世から消す」
(はい、独占欲いただきました! ごちそうさまです!)
「それが答えですよ。中也さんは、太宰さんに『自分だけ』を見ていてほしいんです。憎しみであれ、嫌悪であれ、その感情の矢印が自分以外に向くことが許せない。……それは、愛と何が違うんですか?」
中也は絶句した。拳を震わせ、今にも壁を殴りそうな勢いだが、その瞳には明らかな動揺が走っている。
「……俺が、あいつを? ……愛してる? ……死んでも嫌だ、そんなの。あいつは俺のことが大嫌いなんだぞ。いつも俺を犬扱いして、馬鹿にして……」
「太宰さんも同じことを言っていましたよ。中也さんが他の人と酒を飲むのを邪魔したいって」
「……あ?」
伊東はしまった、という顔をしたが、時すでに遅し。中也の目が鋭く光る。
「……あいつ、そんなこと言ってたのか」
「あ、いや、ええと、鈴木くんがそんなような話を小耳に挟んだとか……」
「……ふん。……そうか。あいつも、俺と同じようにイライラしてやがったのか」
中也の口角が、ほんのわずかに上がった。それは、恋を知った少年の顔というよりは、最強の相棒が自分と同じ土俵にいることを確信した狂戦士の笑顔に近いものがあった。
「伊東。手前の言ったこと、半分くらいは認めねえが……まあ、参考にはなった」
中也は帽子を乱暴に被り直し、足早に訓練場を出ていく。その足取りはどこか軽く、殺気に満ちていながらも、どこか浮き足立っているように見えた。
(……行った。今夜、確実に太宰さんの部屋で大爆発(物理的、あるいは感情的)が起きるな。これは明日、佐藤さんと報告会を開かなければ……)
伊東は震える手でスマートフォンを取り出し、佐藤にメッセージを送った。
『案件発生。中也さん、自覚の一歩手前まで追い込みました。明日の太宰さんの生存確認をお願いします。』
直後に佐藤から返信が来る。
『了解。こちらは既に鈴木くんのケアを終え、明日朝一で太宰さんの首元(の新たな包帯)を確認する体制を整えている。伊東くん、よくやった』
伊東は天を仰いだ。
二人は互いに「嫌い」と言い続け、今日も殺し合いのような喧嘩をするだろう。だが、その根底にある「お前以外は視界に入らない」という巨大な感情を、部下たちは知っている。
(十七歳の恋……重くて苦しくて、最高に美味いな……)
伊東は満足げに、自分が叩き売る予定の(心の中の)薄い本のプロットを練り始めた。
その夜。
中也は宣言通り太宰の部屋に「カチコミ」をかけ、扉を蹴破った瞬間に太宰から「遅いよ、中也。待ちくたびれて、中也の帽子をフリスビーにして遊ぶところだった」と迎えられ、結局夜通し言い争い(といちゃつき)に興じたという。
翌朝、二人が揃って出勤してきた際、中也の首元にいつもとは違う位置の「赤い痕」を見つけた伊東と佐藤が、静かにグータッチを交わしたのは言うまでもない。
「……おい佐藤、伊東。手前ら、何ニヤニヤしてやがる。消すぞ」
中也の罵倒さえも、今の彼らには祝福の鐘の音にしか聞こえなかった。
(ああ、今日も尊い。長生きしよう)
三兄弟の次男、伊東。彼は推しのためなら、たとえ上官の重力に潰されようとも、この観測を止めるつもりはなかった。
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