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それから何度か朝昼晩を繰り返し、ももちゃんも、だんだん人間の家の中での暮らしにも慣れてきたようだ。
だけど、時にはボスの事を思い出しているんだろう。
窓の外を眺めては、そっと涙を拭っていることもある。
「ももちゃん大丈夫? 」
「あ、まるちゃん。大丈夫よ私」
弱々しく微笑むももちゃんを見る度、僕も心が苦しくなる。
ももちゃんが立ち直るには、しばらく時間が必要だろう。
僕は、できるだけももちゃんを気遣って、優しい言葉をかけていくしかないと思った。
ところで、問題はちいの方だ。ももちゃんへの態度は相変わらずで、僕とも口をきこうとしない。
僕はノラ猫集団の中で生きてきたから、気にいらない仲間がいても何とか折り合いをつけてやっていく方法を学んできている
と思う。
だけど、ちいはずっと人間の家にいて、何の不自由もなく思い通りに育ってきたから、変化を受け入れることが難しいのだろう。
なんとか話しを聞いてもらいたいと、何度もその機会を作ろうとしたんだが、完全に心を閉ざしている。
ももちゃんも、そのことはかなり気にしているようで、
「ちいさん、ごめんなさいね。私が来る前は、まるちゃんと仲良く暮らしていたのにね」
などと、ちいに謝ったりする。
僕はそんな時、いたたまれない気持ちになって、
「違うんだ、ももちゃん。ももちゃんが謝るような事じゃあないんだ」
と、慌ててももちゃんをかばおうとするが、それが余計にちいの態度を硬化させてしまっている。
ぷいっと横を向いたかと思ったら、そのまま隣の部屋に行ってしまった。
そんなことが続いていたある日、さすがの僕の堪忍袋も、プチッと音をたてて切れてしまった。
「ちい、もういい加減にしろよ! ももちゃんに辛く当たったって、何の意味もないじゃないか。ずっと人間の家にいて、思い
通りに生きてきたちいには、わからないかもしれないけど、ときには我慢しなけりゃいけないこともあるんだ。ちい、もう少
し大人になれよ」
気の弱い僕は、今までこんなに大声で怒鳴ったことなど一度もなかった。
その僕の怒鳴り声に、一瞬驚いたちいだったが、すぐに気を取り直し、まっすぐに僕の目を睨みつけた。
「まるちゃんなんて、何の取り柄もないノラ猫じゃないか! ボスに、俺の大切なももちゃんを頼むとかいわれて、は、は
い、なんてへろへろしちゃって。ヘタな昼メロだよ。
ももちゃんだって、本当に好きなら、ボスの後追いかけていったら良かったじゃないか! 僕だったら、こんな家飛び出して、
絶対にあのカッコ良いボスについていくよ!」
怒りに声を震わせながらそう言い放つと、ちいはくるっと背を向けて、リビングの方にすたすた歩いて行った。
売り言葉に買い言葉。
ちいの背中に向かって、つい「勝手にしろよ!」と怒鳴ってしまった。
「気を悪くしないでね、ももちゃん。どうやらちいは、ボスとの話を聞いていたようだね。それにしても、ちいがあんなに意
地っぱりだったとは。とにかく、あきらめずに話しかけてみるよ。意地張るのも、いつかは疲れてくるさ。それにしても、言
いたいだけ言ってくれたよな。ももちゃん、ちいの言ったこと、気にしないようにね。あいつ、外のこと何も知らないんだ」
僕は、困った様子を出来るだけ悟られないよう、努めて明るい声で言った。
それにしても、ここまでちいとの仲がこじれるとは、思ってもいなかった。
最初は、なんとかなるさなんて気楽に考えていたけれど、ちいの頑固さには閉口してしまう。
正直言って、僕はちいに腹を立てていた。
あんな辛い経験をいっぱいして、この家にやって来たももちゃんのこと、女だからっていう理由で、嫌だって駄々をこねるな
んて、いい加減にしろと怒鳴ってやりたい。
とは言っても、僕がこれ以上強い態度で出たら、ちいの事だ、余計ヘソを曲げるに決まっている。
ーここは、やはり下手に出て、ちいのご機嫌取るしかないな。
僕はイライラと、尻尾を左右にバタつかせながら、うんざりする気持ちを抑えていた。