コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝から嫌な予感はあった。
ちいが、何だかそわそわしているようでもあった。
声を掛けようとしたが、またプイっと無視されるに決まっていると思うと、つい何も言わずそのままにしていた。
お昼過ぎて、れれが仕事に出かけ、今、家の中には僕とちいとももちゃんがいるはずだった。
が、さっきからちいの姿が見えない。
「ちいは、どこにいるんだろう」
僕は、リビングで毛づくろいをしているももちゃんに声を掛けた。
「え、ちいさん? さっき押入の中にいたと思うけど」
胸騒ぎを覚えた僕たちは、押入に急いだ。
「いない。ちいがいない」
押入の中には、ちいの微かな匂いだけが残っていた。
不安な顔を見合わせた僕たちは、次の瞬間、はじかれたように押入から飛び出していた。
「ちいさん、ちいさん、どこにいるの!」
僕には高すぎてジャンプできない食器棚の上から、ももちゃんの心配そうな声がする。
ちい、頼むから出てきてくれよ。もうすぐ、れれが帰って来るじゃないか、と思った途端、
「まるちゃん、ちいちゃ~ん、ももちゃ~ん! ただいまぁ。あれ? お出迎えはないんですかぁ」
玄関ドアの開く音と同時に、れれの呑気な声が聞こえてきた。
あれ? ちいちゃんはどうしたの?なんて言って、キョトンとした顔で、僕たちの顔をのぞきこむんだろうな、と思いながら仕方なく、のろのろと玄関に向かった。
「あれ? ちいちゃんはどうしたの?」
寸分違わず、予想通りのれれの反応だった。
心の動揺を隠すため、一斉にペロペロとお腹を舐め始めた僕たちを見て、れれはピンときたようだ。
「もしかして、ちいちゃんがいない? 」
カバンも買い物袋もその場にほおり投げ、れれはスリッパも履かずにリビングに走って行った。
それから僕たちは、ちいを探して家中を見て回った。
この家の隅から隅まで、ちいの匂いが付いている。
だけど、ちいの姿はどこにもない。外になんか出て行けっこないから、どこかに隠れているはずなんだけど。
ちい、もういい加減、仲直りしようよ。
ふと、庭の方に目を移した。
目の前のカーテンが、ふわっと膨らんだ。
「ちいちゃん! 」
れれが駆け寄り、慌ててカーテンを引き上げた。
窓が、ほんの少しだけ開いている。
庭の土の上には、ちいの足跡が。。
ーちいが出ていった。
僕たちは、呆然とした顔を見合わせた。
「鍵、かけ忘れてたわ……」
れれが力なく呟きながら、窓を閉めた。
カチッという鍵の音が妙に大きく響く。
あの時の、ちいの言葉が浮かんだ。
「僕だったら、こんな家飛び出して、ボスに付いていくよ」
―ちいは、ボスを追いかけて行ったんだ。
ちい! 無理だって。ボスについて行くなんて、そんなの無理なんだって。
ちいは、外に出たことがないから、外がどんなに広くて危険な所かってこと、知らないんだよ。
外にはたくさんの車が走っていて、空からはカラスが獲物を狙っていて、そんなもの見たこともないちいが、外に飛び出して
行ったなんて。ああ、なんて無謀なことをしてしまったんだ!
「ちっちゃん探してくるからね!」
れれが、バタバタと玄関から飛び出していった。
「ごめんなさいね。私がこの家に来たばっかりに……」
ももちゃんが、力なく尻尾を丸めた。
「違うって! ももちゃん、悪いのは、この僕なんだ。僕のせいで、こんなことになったんだ。
僕が、もっと早いうちから、ちいと話していれば良かったのに。
どう言って良いかわからなくて、つい……。
ちいがそのうち折れてくるんじゃないかなんて、都合の良いこと考えてたんだ」
涙が込み上げてきた。
ちいが出ていくなんて。そこまで、思い詰めてたなんて……。思ってもみなかった…… 。
「まるちゃん、落ち着いて。れれがきっと探し出して、連れて帰ってくるわ。信じて待ってましょう」
ももちゃんの言葉に、僕はうなだれた顔を上げた。
そうだな。れれが何とか、ちいを探し出してくれるよな。
僕たちは、もうこれ以上何も言わなかった。
れれが帰って来るまでの時間は、気が遠くなるくらい長かった。
れれは、一人で帰ってきた。