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八木が気まずそうに目を伏せて謝るものだから、真衣香は慌てて言葉を遮るけれど「お前俺を何だと思ってるんだ」と。ずいっと顔を寄せ睨まれてしまう。
確かにそのとおりだ。 気恥ずかしくなり、可愛げのな言い方をしてしまった。
普段からの真衣香への扱いもあり、八木にはつい素直になれないこともあるのだが……ここ最近は本当に、頭が上がらないほど助けられてしまっている。
「……いろいろ、ありがとうございます」
「何だいきなり」
「八木さんのおかげですね、もう私の噂なんて二の次みたいになってますよ。 坪井くんに相手がいないって方が盛り上がっちゃって」
真衣香は、笑顔をつくって、軽く思いついたような口ぶりで言った。
口を開けば真衣香をバカにして、からかって楽しんでいるような人が、素直に謝罪の言葉を発してしまう。
それ程までに心配をかけ、また巻き込んでしまっている八木のことを、安心させたいと思ったから。
(私が山本さんに怒られてばっかりだった頃もなんだかんだ、フォローしてくれてたよね)
真衣香は前任の総務の大先輩のことを、そして、それと同時。
忘れかけていた八木の面倒見の良さを思い返していた。
「アホか。あんなくだらん噂すぐに消えて当たり前なんだよ」
八木は、そう言いながら真衣香を見ると、もう一度「アホ」と呟いてから頬をムギュムギュとつまんでくる。
「や、やめへくらへゃい……」
「お前は丸顔だよなぁ」
八木が楽しそうに笑い声をあげて言うのだが、全く楽しくない真衣香は、その手をベシベシと叩きながら睨みつけ抗議する。
八木は、やれやれと肩で大げさに息をして「仕方ねぇな」と、手を離した。
「酷いです……、気にしてるんですから丸顔」
「怒るなよ。 褒めてんだぞ、可愛いと思って言ってんだから」
「……え」と、驚きのあまり真衣香の動きは停止した。
優しい声。
けれど、本当なのか嘘なのかわからない。
ある意味、甘い言葉を疑えるようになってることは成長なのかもしれないが。
呆然とする真衣香の頭を撫でて、カラカラとイスに座ったまま八木が移動する。
膝が触れ合う距離に来て、止まり、目線の高さを合わせるようにして少し屈んだ。
「え、や、八木さ……」
鼻先が触れそうになるまで顔を寄せて。
「聞こえなかったか? 可愛いから、お前は。 そう思ってる男は、いくらでもいる」
八木が囁くので慌てた真衣香は、反射的に大きくのけぞった。
「あ、こら、お前何やって……」
案の定、真衣香はバランスを崩し、イスごとひっくり返りそうになったのだが。
「あっぶねぇな」と、焦った声を出した八木に腰を支えられ抱きとめられた。
イスだけが真衣香の背後で倒れて、音を立てる。
「や、八木さ……」
イスに座る八木の、足の間に身体を挟まれるようにして抱き寄せられている真衣香の体勢。
特に意識したことがない八木が相手だとしても、この格好はさすがに体温が上がってしまう。
「……なあ、お前さ」
そんな真衣香とは逆に、落ち着いた様子の八木。
自然と更に身体を密着させて、何かを言いかけようとして、黙り込んだ。
しかし、聞き返す余裕もなく真衣香はただ現状を把握しようと頭をフル回転させていた。
何より、八木を強制的に少し見下ろす形になっているのが、なぜだろう、妙に恥ずかしい。