晩春
いつものように鎌倉から平安に酒を誘い、縁側で話を弾ませながら少し酒が回ってきた頃合いのこと。
「もうすぐで春も終わるな。」
外の松を眺めながら言う。
平安は、そうだなと小さく同意する。
ただ酒を口に運ぶだけの静かな時間。それは、いつも笑い合いながら酒を飲むとは少し異なった味がした。
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「飛鳥ー、もう19時半じゃない?」
「え?本当に言ってます?」
「なんかさ…」
「ええ…」
「「やけに静か…」」
洗い物を済ませ、早くも布団を敷いてぐったりとしていた奈良と飛鳥は、向こうの部屋からいつも少し漏れる笑い声が聞こえ無いことに気がついた。
もしかして寝落ちしているのではないかと飛鳥は言うが、それは無いだろうと奈良は否定する。
あの2人のことだ、飲み始めて三十分なんかでは酔い潰れる事は滅多にあり得ない。
「ちょっと気になりません?」
「うん気になる。てか久しぶりにお酒飲みたい」
「…まぁ寝てたら酒はまだあるとは思いますけども…」
そうして二人はその謎を解明すべく、アマゾンの奥地…ではなく二人のいつも飲む部屋、略して酒飲み部屋に行くのだった。
「…むむむ」
「ちょ、押さないでくださいよ…?!これじゃぁばれちゃ」
「おーい…あんたら何してるんだ…」
「あ…鎌倉…バレちゃいましたか」
「いやこんな静かな日に襖の向こうでドタドタなってたら気づくだろう…」
呆れ声でこっちを見ながら、鎌倉はゆっくりと酒を口に運ぶ。
平安はというと、物音など気にせず無言で一杯一杯を味わっていた。
「ね〜え平安君!八塩折之酒(やしおりのさけ)ないかなぁ?」
平安の方に駆け寄ると、お気に入りの酒を求める。
「お主は本当に八塩折之酒が好きだな、けれど残り一壺しか無い。」
ええ〜そんなぁ〜…おとーさん泣いちゃう〜…とふざけながら平安の横で胡座をかく。奈良はたまにしか飲酒をしないので、平安達に比べ酒の減りは少ない方である。
麻呂はお主が先の時代だからといって父と思った事はないぞ、と真顔で平安は言うと、不満そうな顔を浮かべる奈良。
(いつからわえの事をお父さんと呼ばなくなってしまったのか…)
と平安の烏帽子を軽くどかし、まるで子供の様に頭を撫でた。
「っ…ほ、ほら!八塩折だ!」
撫でられて照れたのか、頬を赤くすると勢いよく壺を押し付けた。
(うんやっぱりかわいい、このツンデレ気味な性格は昔から変わっていない。)
「奈良、その可愛らしい物を見る様な目はよしてくれ…」
「ごめんごめん…可愛かったから…」
そういえば…と奈良は飛鳥がいた方を見ると、飛鳥はいなくなっていた。戸を開けっぱなしにして2人が中に入ってきた為、部屋を出る音があまりせず気付かなかったのだろう。
「ねえ鎌倉、飛鳥は?」
「ん?あー、なんか『奈良が酒飲むならどうせだし僕も飲みたいんでお気に入り持ってきます』とか言って台所行ったぞ」
「…向こうから足音が聞こえる。飛鳥が戻って来たのではないか?」
平安の言ったことは正しく、数秒すると飛鳥が、恐らく酒と壺から注ぐためのお玉杓子を持ってきた。
「ほら奈良、これ使ってください。貴方壺からがぶ飲みするつもりでもないでしょ?」
「おお!ありがたい!使う!」
奈良は玉杓子を受け取ると、壺の中の酒をすくう。
「それにしても、俺の気に入っている酒は…まぁ当たり前だが日本酒だろ?飛鳥って何が好きなんだ?」
「まぁ鎌倉はそうでしょうね…酒抱えて寝落ちするときもあるぐらいだし…」
「それは黙ってやってくれ飛鳥よ」
「いやそれを言う平安君もよく寝落ちして…あえっとごめんなさい…えっと…その怖いお顔をお鎮めください…」
少し皆で笑うと、鎌倉は話がズレた。と一言言ってから元の話題に戻した。
「…で、なんの酒が好きなんだ?」
「好きな酒…僕の時代は酒が禁止されていた時がありましたからねえ…好きな酒と言ったら、濁酒(にごれるさけ)とかですかね」
「濁酒?というか飛鳥の時も酒禁止令なんて出されたんだな。」
「あー、鎌倉の時も出てましたよね…」
「これが遺伝と言うものなのだな」
「そんな遺伝嫌なんですけど…まぁ、なんか農民達が『生きる事と酒を飲むことは同じだ。苦痛の時間が長すぎるから酒を飲んで快楽を求めるんだ』みたいなこと言い出したんですよね」
「まさに遺伝だねえ」
奈良は飛鳥の話を聞くと記憶が蘇ったらしく、そんなこともあったねえ、と軽く笑った。
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「そろそろ、ブリとかナマズとか食べたい時期になってきたね〜」
明日用の買い物が終わり帰路を辿る縄文.弥生.古墳は、買った大荷物を抱え、次の季節が始まる事に話を弾ませていた…主に古墳が。
…大家族なのもあって買い物で買う量は多い。
「なんでお前らはそんな軽々と物を持つんだよ…!?」
弥生はこの重さを持っているのにも関わらず、平然とした顔で雑談をする2人に謎にイラつき始めていた。
「俺は狩りじゃん?古墳は…」
「うーん、…古墳よく作ってたし?」
「だとしてもおかしいだろ量…」
…そう言っている弥生自体も、おかしい量の荷物を持っている事には誰も気づいていない。
基準がそもそもおかしいからだ。
多分、3人とも一般の人間が持てる限界の倍以上は持っている
そうして歩いていると、3人は家にたどり着いた。
「帰ったぞ〜」
「たっだいま帰りまーした〜」
「やっっと荷物置ける…ただいま…」
しーんと静まった居間。いつも奈良あたりがいるのに。
「珍しい…誰も居間にいないなんて…」
「あれ、でも縄文君、向こうからなんか声が聞こえる」
「あ、ほんと?」
「まぁ、飛鳥と奈良も混ざって酒でも飲んでんじゃねえの。」
弥生は買った物を冷蔵庫に入れていく。こんなものがあるなんて便利な時代になったものだ、としみじみ思いながら素早く入れていくと、ものの数分で作業を終わらせてしまった。
「いつものごとく速いね〜弥生プロ〜」
「その呼び方はやめろ…慣れねぇから…」
古墳はマフラーを外しつつ弥生を揶揄う。
マフラーを外し終わると、縄文が
「向こうの部屋に行ってみないか」
と言うので、3人はいつも平安達が酒飲みをする部屋にちらりと顔を出してみた。
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酒飲み部屋では、いつにも増してガヤガヤと話が弾んでいた。
人数が増えたから、と言うのが1番の理由だが、それに加えいつも共に酒飲みなどしない輩と杯を盃を交わし、話をすると楽しくなり賑やかになるのは自然な事だ。
「奈良達も酒を飲んでいるのか?」
背後から弥生の声がした。
飛鳥は酔っていない顔で頷くと、弥生達に酒を飲むか問う。
「うーん、俺らは…おい、どうする2人共」
まずは後ろにいる奴らの意見を聞こうと、後ろにいる縄文と古墳に聞いてみる。
まぁ最近酒は飲んでいないし、たまには良いんでは?と意見を揃える2人。
現在時刻20時。まぁ今から飲んでも時間はある。
「よし、俺らも飲む」
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その後、弥生は口噛ノ酒.縄文は果実酒.古墳は赤酒を各自持参すると、もはや飲み会となったこの空間に混ざり昔話をし始めた。
「そういえば、俺が縄文に初めて会った時のこと覚えてるか?」
勿論覚えてるに決まってる、そうドヤ顔をする縄文を見ながら、弥生は「ずっと変わらねえよなあお前は」と少し微笑む。
「俺が狩りをした帰りに、船で弥生がきたよね」
「…ほんとあの時はびびった。船でさ?島に移住しようと思って来たら、目の前に血だらけでマンモス運んでるやべえ奴がいたんだから。俺は当時とんでもない所にきちまったなぁと思ったよ…」
「縄文は本当に脳筋ですよね…」
「わかるぞその気持ち。儂も前暇だからって平安と腕相撲大会してたら、途中で縄文が乱入してきた。そんでまぁ腕をへし折られるかと思った。」
「あの時はごめんね鎌倉…まぁ、俺たちの時代は弥生が稲作持ってきたのもあって、なんか革命的だったよね」
懐かしい、と笑いながらゴクゴクと喉に果実酒を流し込む。縄文は少し酔いが回ってきて、頬が紅くなってきていた。
「それで、時代の流れ的には次に俺が生まれたんだよね!」
「あー、なんか麻呂、聞いたことあるぞ古墳が現れた時の話」
現れたという言葉遣いに古墳は吹き出すと、まぁ合ってるけど、と腹を抱えて笑った。
実の所古墳は、縄文と弥生が稲作をしていた時に何処からか出てきて、それと同時に古墳時代が始まった…らしい。
2人は古墳に技術を全て受け継ぐと、しばらくして隠居の身となった…そう3人は言っているが、実際の所3人しかわからない。
古墳も2人に会うまでの記憶がない様で、謎に包まれている。
「あの時は古墳作り楽しかったな〜!あと埴輪!」
お前は作りすぎだ、皆がそう思ったが、言っても意味がないので言わない。
「んで?次は?」
「あー、えっと僕かな。」
奈良が急かすと次の時代、飛鳥の話になった。
「というか、僕、国だからってめちゃ働いたんですよね…」
「あー、俺の時もなんか通りすがりの人に土下座されたり祀られたり…みたいなのはあったな〜…古墳作る時とかも基本指示役、たまに力仕事だったし。」
「んで、超仕事を早く終わらせてから……えっと…監視の目を盗んで抜け出してましたね」
「あー!いっけないんだ〜!!」
「…人のこと言えないじゃないすか」
てへへ、と舌を出す奈良。
話によれば、飛鳥はよく仕事終わりに時間があると仕事場を抜け出すと農民達の元へ遊びに行っていたらしい。それもあってか、農民達が飲む濁酒が好きなんだそうだ。
「というか酒禁止令出てたのに飲んでたのかよ」
自分の時代でちゃんと禁止令を守った偉ぁい偉い鎌倉は横目で飛鳥を見る。
それを聞くと、飛鳥は清々しい程の笑顔で言った。
「バレなきゃ犯罪じゃ無いんですよ」
此奴は…そう鎌倉は思った。まぁ…みな思ったが。
…飛鳥の好きな酒が濁酒な理由も知ったところで、次は奈良。
奈良は何かなかったのかと皆で問うが、奈良は「なんかあったかなぁ」と頭を悩ませる。
そんな中飛鳥が何かを思い出したらしく、そういえば…と話し始めた。
「たしか昔、僕の時代が終わったばかりの頃に奈良が相談をしてきたんですよ。最初は僕も時代役目で何か分からないことがあったのかと思ってたんですが…違ったんですよね」
「ほう。その話、麻呂でも聞いたことが無いな。聞かせてもらおう。」
「お、平安君がそんな事言うなんて珍しいんじゃない〜?まぁ俺が知らないだけかもだけど」
「安心しろ古墳、結構珍しいぞ」
「あ、そうなの?よかった。うん、まぁ何が良いのかわかんないけど」
「…話しますよ?んで、まぁその相談を聞いたんですよ。たしか…」
そこまで話した所で奈良が突然「あー!」と言うと、手を一つ叩いた。
「思い出した!それ!あれだよね!わえが突然、『好きな人が死んだ!』って相談したやつー!」
「それですそれです!」
「奈良、お主想い人がいたのか。相手は下人であろう?寿命か?」
そもそも下人に会っていたという事は邸宅抜け出してたんだな…と呆れ顔をしながら平安は小さく呟く。
「うん、下人だよ〜!さっき飛鳥が『人のこと言えない』って言ってたみたいに、わえもその日は邸宅を抜け出して庶民の住んでる方に行ってたんだ。それでいつもみたいに、その子と話してた。そしたら邸宅の世話役に見つかって、『そこにいるやつが奈良様をさらったんだ!』ってその場で殺されちゃったんだよね〜…」
「ほー…俺と縄文の時代はもう誰が一番偉いとか米の多さだったからなぁ…元の身分とか全然関係無かった記憶。」
「だったね〜!みんな米の多さだったから、人からの俺たちは多分『なんか死なない奴ら』だったと思う…」
縄文がそう話していた時、飲んでいた平安の酒が切れた。
「少し別の酒を持ってくる。酒が切れた」
そう伝えると、しっかりとした足取りで部屋を出ていった。
「あ、」と何かに気づいた様に皆目を合わせる。そして、それと同時に声も重なった。
『次、平安の時代の話だよね』
話す人が居なくなるのではどうにもならんぞ…やら、平安の番を飛ばすしか無いのでは?などの声が上がる中、古墳が口を開いた。
「うん、なんで待つっていう選択肢が無いのさ…?」
「ま…つ?」
「いやいや、何で悩んでるんだ奈良。松の木のことだろ?」
「違うでしょ弥生…。古墳、MATSUってなんですか?」
「末…??時代…ば…幕末…?(末期)」
「本当にみんな何言ってんの?え?まじで?」
「古墳、みんな酔ってきたんだよきっと…」
「ありそう…これ…もうお開きにした方がいいのかな…?縄文、君も赤いし…」
縄文は古墳に言われ、頬に手を当てると時計を見た。
もう縄文達が会話に入ってから、何時間かは経っている。十分飲んだと言えよう。
「もう終わりか?ではこの鎌倉さんが、酒を取りに行った平安に伝えておこう。」
鎌倉は、まだ飲みたいんだけどなぁ…という不満そうな顔をしながらゆっくり立ち上がると、さっき平安が行った台所の方へと歩いていった。
「っていうか…!わえ平安の話聞きたかったのに聞けなかったんだけどーっ!」
「まぁそりゃ仕方ないですよ…時間も時間ですし…またこういう時があったら、その時続きすればいいじゃないですか!」
いやだよ!今がいいんだよー!と飛鳥をぽかぽかと叩く。
「もう奈良もめっちゃ酔ってるじゃないですか…それじゃ話聞いてても次の日には覚えてませんよ。」
それだけ言うと飛鳥は弥生達におやすみと伝え、眠そうな顔で奈良を姫様抱っこし布団まで連れて行った。
「俺たちもそろそろ寝る?」
「そうだなあ…って…なんか縄文座りながら寝てねえ…?」
「ほら、起きて〜縄文〜…布団すぐそこだからここで寝ないで〜…こりゃダメだね」
「「運ぶか…」」
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台所に行くと、そこにはしゃがみながら棚を探る平安が居た。
「お開きだってよ、平安。」
「…丁度良かった。良い酒が見つからなくてな…。」
「そういえば…儂たちの番まで来なかったな、話するやつ。」
すると平安は静かに立ち上がり言った。
「まぁ、麻呂達からすれば話をしてもしなくても変わらないがな。」
鎌倉はすこし驚いた顔をするが、すぐにその意味が分かったようで「まぁな」と返す。
「儂ら、多分お互い知らない話無いもんな」
「ああ…本当、…それ。」
「…寝るか」
「そうだな」
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てぇてぇ