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――――護送車内部――――
檜山 広明を乗せた護送車は、検察官に送致の最中であった。
「腹減ったんだけど。ちゃんと飯出るんだろうな? 不味いのは駄目だぞ」
檜山はそうケラケラと嘲笑う。まるで遠足にでも行くみたいだ。
『くっ……』
検察官達は檜山の態度に歯軋りするが、それでも必死に面には出さない。
腸煮えくり反っているのは、皆同じ。
あれだけの事件を起こしといて、反省の色すら見えないこの少年否、人の皮を被った悪魔を。
「辛気くせぇなぁ。何か音楽つけろよ」
心情的には何としても死刑にしてやりたい。
だが現実は非情。恐らく精神病院行きだろう。
檜山は生粋のサイコパスだ。良心を一欠片も持ち合わせてはいない。
更正の可能性すら無いのだから。
誰もが被害者達の、報われない無念さを痛感していた。
「それにしても腹減ったな。どっかコンビニ寄れよ」
檜山の我儘は度を越していくが、勿論そんな事、有り得る訳が無い。
「逃げやしねぇよ。どっちにしろドグマオンが助けてくれるし」
人気アニメの熊型ロボットが、本気で何とかしてくれると思っているこの空想癖。
“それとも異常な振りをしている?”
サイコパスは狡猾だ。自身の保守の為なら、手段を選ばない。
「……」
「おい! 聞いてんのかよ? 俺は腹が減ってるんだよ!」
誰も反応を示さない事に業を煮やしたのか、檜山が隣の検察官を肘で小突く。
「分かった。だが腹具合の心配はしなくていい……」
これまで沈黙を貫いていた検察官より、突如発せられた言葉。
「はぁ?」
その意味が分からず、不機嫌そうな檜山に構わず、続けざまに答える。
「お前に食は、もう必要無いのだから」
その本当の意味を。
「何馬鹿な事を……って! 誰だよお前っ!?」
隣の検察官を一目見、檜山は飛び退く様なリアクションと共に声を張り上げていた。
検察官の筈なのに、まず服装が違う。さながら死神を思わせる黒衣。
「何時からそこにいたんだよオイ!!」
護送車内に乗り込んだ時、勿論こんな人物は居なかった事を、檜山はよく覚えていた。
途中下車の記憶も無い。
ずっと走行中の為、途中で乗り込む暇さえ無い筈。というより、これ程目立つならすぐに気付く筈だ。
脱色では決して有り得ない、美しいまでに映える銀髪なのだから。
護送車内に備え付けられていた簡易ソファー。何時からか檜山の隣に、エリミネーター『雫』が座っていた。
「オイ! ここに部外者がいるぞ! お前ら何ぼけぇっとしてんだよ!?」
檜山はこの奇怪な状況に、理解出来ず混乱している。
だが周りの検察官達に反応は無い。誰の目からも部外者であるにも関わらずだ。
「……」
「…………」
それはまるで黙認。暗黙の了解。
檜山の声等、聞く耳持たず。その声に注視する事も無く、皆が黙したまま座っているそれはある意味、異様な光景だった。
「喚くな。耳障りだ……」
ヒステリックに喚く檜山の口を塞ぐ様に、雫がその左手で掴む。
「――ッグ!!」
これにて声は出せない。くぐもった呻きが僅かに出せるのみ。
檜山はまだ状況が掴めないままでいる。
この人物は誰なのか?
何をしに来たのか?
何故周りの誰もが、まるで無視しているかの様にふるまっているのか?
考えても分からない。分かる筈がない。
ただ少なくとも、己の身に危険が迫っているのだけは理解出来た。
“――でも自分が何故?”
「解せないという面持ちだな」
雫はその心を読むかの様に、本気で心当たりが無さそうにしている表情の檜山を、塵の様に見下し囁いた。
『???』
サイコパスが理解出来るとは思えないが、冥土の土産として――
「罪状、檜山 広明。文京区一家惨殺事件に於いて“四名”を殺害、全て把握……」
「――っ!!」
述べられた行状を耳にした瞬間、檜山の瞳が大きく見開いた。
だがそれは恐怖というよりも『何故そんな事で?』といったニュアンスの方が大きい。
「よってこれより……消去を開始する」
雫の掲げられた右手に煌めく、蒼茫の輝き。
執行開始の合図である。
だが雫の綴った声が、何時もの消去執行と何処か違うのは気のせいだろうか?
通常、執行中はその声にまるで熱が無い。
だが今回は何処か違う。
決して面には出ない、感情に近い何かが――。
檜山には分からなかった。何故自分がこんな目に遇うのか?
「――ングッ!」
“何故誰も助けない?”
自己中心的の極みだが、言葉にはならない。
「喚いても足掻いても無駄だ」
じたばたと足掻く檜山へと、雫は冷酷に告げる。
その訳を。黙認している検察官達の不可解な理由を。
「彼等は脳の中枢神経の一時凍結により、今この時だけ意識が停止している」
「――っ!?」
勿論、その本当の意味は理解出来ない。
「彼等の時間が止まっている、と考えたら分かりやすいだろう」
“時間が止まっている?”
現実的に考えて、そんな事が起きる訳が無い。
だが事実、検察官達は身動き一つしない。それ処か瞬きすらもしていない。
それはまるで彼等だけ時が止まったかの様な――
“刻が凍り付いている”
「――ングゥッ!!」
その現象を理解は出来ないが、一つだけ確かな事が分かった。
それは誰も助けには来ない事。
「ンゴッ! ンゴォッ!!」
その事実を理解出来た時、檜山は逃れようとより一層、手足をばたつかせるが、まるで抗えない。
「…………」
雫は無言で右手を檜山の左胸に押し付ける。躊躇い無く。
「――っ!!」
その瞬間、激しく痙攣する身体。
“時限式凍結完了”
それを確認した雫は、掴んでいた左手を離す。後は終了まで全自動だ。
死因は急性心筋梗塞で片付けられる。証拠は一切残らない。
「ぐっ……ぐるじいぃぃっ!!」
胸が強制的に締め付けられていく感覚に、檜山は悶絶の声を絞り出すしかない。
“――何故こんな目に?”
「お前の様なサイコパスは、この世に存在すべきでは無い」
“――俺は何も悪くない!!”
「それは俺が言える台詞では無いがな……」
苦しみ悶える檜山を背に、彼は自傷気味に呟いていた。
“悪が悪を滅す矛盾”
「次に生まれて来る時は、普通であるよう閻魔に頼んでみる事だ」
檜山の瞳に映す、この世で最後の姿。
「お前の断罪への消去は終了した」
それはその姿が、この場から煙の様に消える瞬間。
幽霊だったのか?
それとも本当に死神?
だが今は、そんな事どうでもよかった。
“――嫌だ! 死にたくない!!”
願うはーーただそれのみ。
自分は何も悪くない。だからドグマオンが未来から、きっと助けに来てくれると――
「ぐがあぁぁぁっ!!」
“――痛い痛い痛い痛い痛いぃィィィィ!!“
“早く助けに来てよドグマオン!”
“ボクたち友達だろ?”
「みっ……未来の秘密道具で……早くっ!!」
ただそれはあくまでアニメ、空想の世界。
現実と空想の区別がついていない彼の声は、願いはーー虚しく空を切るだけだった。
「――っん! オイどうした?」
検察官達が、ようやく異常に気付く。
「だっ……だずげでぐでぇぇっ!!」
先程まで傲慢に囀ずっていた者が、突然苦しみ出した事に。
「いかん、発作だ!」
「しっかりしろ!」
それぞれが少年に駆け寄る。いきなり苦しみ出した事から、仮病の可能性も考えているのだろう。
彼等にいまいち危機感を感じ取る事は出来なかった。
“――ほっ……発作だ……と? 何馬鹿な事言ってやがる!”
これは意図的な事だと、そう訴えかけようとするも、上手く声は出せない。
襲い来る激痛は、既に限界に達している。
勿論、検察官達にそんな事情、知るよしも無い。
刻が凍ったと、時が止まったは同一。
SFでよく有る冷凍保存と一緒で、仮に百年後に目覚めても、つい先程の出来事だろう。
「は……はやく、ドグマオン……を……」
やはり仮病か。この期に及んで、まだこんな事を言っていると。
「――っゴブッ!!」
だがその言葉と断末魔を最後に、檜山は瞳孔を見開いたまま動かなくなる。
「お……おいっ!?」
手に取った脈は動いていない。
「し……死んでいる……」
“この短期間に一体何が?”
検察官達は躯となった少年の周りで、茫然と立ち竦むしかない。
それでも護送車は目的地へ向けて、俄然移動中であった。
************
「はぁ……」
あの時以来、ジュウベエの様子がおかしい。
事有る事に溜め息を吐き、神の食であるはずの金のスプーンも食べ残している。
――後日。自宅で新聞を読む幸人と、餌が喉を通らないジュウベエ。
新聞の片隅には『少年A、護送中に突然の発作により死亡』の記事が小さく記されてある。
「珍しいな。お前が金のスプーンを残すなんて」
新聞を畳んで横に置いた幸人は、ジュウベエにそう問う。
「オレはナイーブなんだよ……」
こんなにも元気の無いジュウベエを見るのは、随分と久しぶりだ。
彼にとっては“あの時”以来か。
今回の事は相当堪えたと見える。
何時もの事だが、依頼を全うした処で、結局誰も救われない。
今回は特にだ。
「……なあ幸人。お前は天国って信じるか?」
突然のジュウベエの宗教的考察。
「オレは信じてるんだ。悪人は地獄に堕ちるのが当然。じゃあそうで無い者は? なら天国に行くのが当然だろ?」
「そうだな……」
それは死んだ者しか分からない。
死ねばただ無に帰すだけかも知れない。
「あの二人……天国へ行けたかな?」
だがそんな希望的推測があってもいい。
「あの二人が行けないなら、誰が天国に行けるんだ?」
そう言うと幸人は立ち上がり、クローゼットへ向かい、私服である黒の革ジャンを羽織る。
「だよな……って、何処に行くんだ?」
明らかに出掛ける様子の幸人へ、ジュウベエは跡を追う。
「墓参り。お前も行くだろ?」
その手には今回の依頼金、三千円少々が握られていた。
「おっ……おう、勿論だ!」
命を賭けて依頼した金額。それを別の形に変えて、二人の元へ戻そうと。
それは今を生きる者が出来る弔いの形。
「サンドーロ寄って行こうぜ。金のスプーンは絶対喜ぶって」
「それはお前だけだろ?」
二人は現在(いま)に向かって歩き出す。
またいずれ赴く、宿命の連鎖の前に――
※二の罪状 “終”
~To Be Continued
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