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さっきはありがとう。
お父さん目が覚めたよ。ちょっとだけ話ができてほっとした。
今日はごめんね、いろいろ用意してもらったのに。
また埋め合わせさせて。
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若菜のメッセージを見て、ほっとした。
おじさん、意識戻ったんだ……。
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おじさん目が覚めたんだ。よかった。
若菜もおばさんも、体休める時に休めて。
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メッセージを送ってすぐ、「ありがとう」と返事があった。
でもなんだか俺は、あいつがムリしそうで不安で……。
(あいつ……大丈夫かな)
気丈にしていても、あの顔だとかなりショックだったのはわかる。
スマホを置き、テーブルの上の、若菜へつくったケーキに目を向けた。
……まだあいつ、きっと病院だよな……。
俺が病院を出てから、まだ数時間しか経っていない。
だけど、もしかして……万が一帰っていたら―――。
おじさんの容体が聞きたい、というのもあったけど、俺は今、無性に若菜の顔が見たかった。
いるはずがない、と思いながら玄関を出て外に出る。
空き地を挟んだとなりの家は、電気はついていなくて、暗くしんとしていた。
(やっぱりな……)
当たり前か、と思いつつ、がっかりして家の中に引き返そうとした時、車のヘッドライトが前の路地を照らした。
思わずそちらを見ると、タクシーが止まる。
後部座席から降りてきたのは、若菜だった。
タクシーが走り去った後、若菜は俺に気づいて、驚いてこちらを見ている。
「湊……」
俺は若菜が次の言葉を言う前に、あいつの傍に駆け寄った。
「よかった。お前の様子気になって……。
もしかして、帰ってきてないかと思って外に出たら、ちょうど帰ってきて、びっくりした」
「あ……」
若菜は驚いていたが、帰ってきたわけを話した。
どうやらおじさんの着替えとか、いろいろ用意しに帰ってきたらしい。
「そうだったんだ。……おじさん、大丈夫?」
「うん。まだちゃんと検査しないとわからないけど」
そこで言葉は途切れ、俺も若菜もお互い無言で目を合わせる。
若菜は……ふだんと変わらないようにも見える。
でも、どこか弱々しくて、不安が残っているのは感じ取れた。
「……なぁ、大丈夫?」
「え……?」
「なんか……。おじさんもだけど、お前も。
なんて言っていいかわかんないけど、大丈夫かなって思って……」
なにが言いたいのか自分でもわからなくなって、言葉が宙に浮いてしまう。
……こういうところが、バカなんだろうな。
いつもなら若菜は絶対なにか言うのに、今は俺を見つめていて、バカなんて言葉は言わなかった。
「……湊。さっきはありがとう。ほんとに助かった」
「え? いや、俺は……」
変なことを言ったのに礼を言われて、内心焦る。
「ほんとは……すごく心細かったの。
お母さんから電話があった時も、病院に向かっている時も。診察室の前にいる時も、不安だった。
でも湊がいてくれて、すこし落ち着けた」
「若菜……」
若菜はそう言って、笑って俺から目をそらした。
「じゃあ……ありがとうね。
あ、あとほんとに今度、今日の埋め合わせするね」
「いいよ、そんなの」
「そういうわけにはいかないよ」
「いや、マジでいいから。あっ、それななら」
「え?」
「埋め合わせはいらないから、ケーキだけ受け取って。
……こんな時になんだけど、お前、誕生日だったから、ケーキ作ってて」
「あ……」
「別に食べなくてもいいから」
そう言って、俺は急いで家に戻り、ケーキを取ってきて渡した。
「こんな時だけど……お前の誕生日は誕生日だし……。
ちゃんと祝えなかったけど、気持ちだけ」
若菜は俺が作ったケーキを受け取って、しばらくその場でケーキを見つめていた。
「湊は……」
「え?」
「湊はほんと、びっくりするようなことするよね。
ちょっと気が抜けちゃった」
「あー……」
たしかに今もらっても、と思うのもわかるし、やっぱりやめておけばよかったかな。
「……悪い。空気読めてなかった」
「それはいつもでしょ。
でも……すごく嬉しい。ありがとう」
顔をあげた若菜は、ちょっと泣きそうな顔で笑った。
たぶんもう日付はかわっている。
10年前俺たちがここで約束をした時は、今日をこんなふうにせわしなく過ごして、終わる予定じゃなかった。
でも俺にとっても、若菜にとっても、今日は忘れられない日になった。
それだけは確かだった。
おじさんが入院してから一週間が過ぎた。
あれから若菜はおばさんと交代で様子を見に行っているらしく、俺も都合をつけて見舞いに行きたいと思っては、なかなか実現できずにいいた。
若菜の誕生日に休んで、続けて休みがほしいと言えず、仕事終わりに病院に行こうとしても、面会時間は終わってしまっている。
(店長に頼んで、昼休憩を長くもらうしかないか)
そんなことを思いながら、ランチの仕込みをしていると、店長がキッチンに顔をだした。
「清水、仕込みかわるわ。
今エリアマネージャーが来て……。
清水に話があるから、すぐ休憩室戻って」
「え? あ、はい……」
俺はあいまいに頷きながらも、店長に後を任せた。
エリアマネージャーは時々連絡なしに店に来て、いろんなをチェックしていくから、今みたいにふらっと現れるのは珍しくない。
でも今日はそうじゃなかった。
「―――え? 異動、ですか」
「あぁ、○○県に新規出店することが決まってな。そこの起ち上げに行ってほしい」
そう言って詳細を言われた時、一瞬嘘じゃないかと思った。
うちの店は大きくはないけど、何店舗かあるレストランだ。
異動のない職場じゃないし、そういうことは大いにありえる話だったけど。
就職してからずっと、この実家近くの店にいられたから……。
そんな日がくるだろうとは思いつつも、いざその日がくると、嘘みたいに実感がなかった。
(異動……)
異動先は、ここから電車で二時間半の街だ。
毎日通うには無理があるし、家を出ることになるのか……。
詳細を説明されればされるほど、異動の話がだんだん現実味を帯びてくる。
話をされても実感がなかったのは、受け入れたくなかったから。
実家を離れるということは、同じく実家住まいの若菜とも離れることを意味していた。
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