テラーノベル
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瀬名 紫陽花
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春の風は、どうしてこんなに優しい顔をして、残酷なんだろう。
教室の窓際。
私はいつもの席から、彼の背中を見ていた。
名前を呼ぶことなんて、ほとんどない。
話しかける勇気もない。
でも、彼が笑うたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
――好きだなあ、って。
それだけは、はっきりしている。
「ねえ、今日さ、帰り一緒に帰ろうよ」
そう言ったのは、彼の隣にいるあの子だった。
明るくて、可愛くて、誰とでもすぐ仲良くなれる子。
私とは正反対の人。
「いいよ」
彼は、迷いもなく笑った。
その笑顔を見た瞬間、わかってしまった。
ああ、もう無理だなって。
勝てないとか、そういう話じゃない。
最初から、同じ場所に立ってすらいなかったんだ。
チャイムが鳴る。
ざわざわと人が動き出す中で、私はノートを閉じた。
「ず っ と 好きでした。」
心の中でだけ、そう呟く。
言えないまま終わる恋なんて、きっと珍しくもない。
でも、私にとっては、これが初めてで、全部だった。
彼が教室を出ていく。
隣には、やっぱりあの子がいて。
楽しそうに笑いながら、二人は並んで歩いていく。
その後ろ姿を見送ることしかできない自分が、少しだけ嫌いになった。
でも。
それでも。
好きになれてよかった、なんて。
そんなふうに思ってしまう自分が、一番ずるい。
窓の外では、桜の花びらがひらひらと舞っていた。
手を伸ばしても、触れる前に流れていく。
まるで、この恋みたいに。