生徒×教師 赤桃♀️
『放課後の答案、恋愛未満。』
昼休みのチャイムが鳴り終わるころ、りうらはため息をつきながらノートを閉じた。
窓の外では、校庭を走る野球部の声が響いている。
春の光が差しこむ教室。高校二年の春は、思ってたよりずっと退屈だ。
……ただ、一つを除けば。
りうらが視線を向けた先。
教壇の上でプリントを仕分けている——ないこ先生。
国語教師で、若くて、明るくて、笑うと頬にえくぼができる。
男子生徒から「癒やし系」「優しすぎる」と評判で、職員室の中でも人気がある。
けどりうらにとっては、それどころじゃない。
——“恋の相手”なんだ。
「よし、次の授業は……現代文。りうらくん、黒板の消し係ね」
「……また俺っすか」
「文句ある?」
「いえ、ありません、先生」
ないこ先生はにっこり笑う。
あの笑顔を見たら、誰も逆らえない。
りうらは仕方なくチョークの粉を払いながら、心の中で叫んだ。
(先生、それ反則……!)
放課後。
りうらは教室に残って、赤点ギリギリの答案と格闘していた。
その前に現れたのは、やっぱりないこ先生だった。
「りうらくん、テスト、惜しかったね」
「“惜しい”って、三十点のどこがですか」
「……まぁ、形容表現よ。ポジティブな言い方ってやつ」
「ポジティブすぎますよ先生」
ないこ先生は笑って、りうらの机に腰を下ろした。
制服のスカートの裾が揺れて、シャンプーの香りがふわっと漂う。
りうらの心拍数は一気に跳ね上がった。
「ここね、“情緒”って単語を“蒸著”って書いてるの。りうらくん、これ、料理?」
「字、間違えただけです!」
「でも、“蒸す”と“著しい”って、なんか……熱そうよね」
「笑い事にしないでください先生……」
「ごめんごめん、でも頑張ったのは分かるよ。次のテストで取り返そ」
「はい……」
りうらはうつむきながら、思いきって言った。
「先生って、なんでそんなに優しいんですか」
ないこ先生は一瞬、目を丸くして、それからふっと笑った。
「んー……高校生って、素直に“ありがとう”って言える子、意外と少ないのよ。だから、そう言われると嬉しいな」
「……先生が優しいからですよ」
「お世辞でも嬉しいけど、甘やかされてサボったら承知しないからね?」
「はいはい……“甘やかされたい派”なんで」
「コラっ!」
ペンの先で軽く頭を突かれて、りうらは笑う。
放課後の教室に二人の笑い声が響く。
——恋愛未満の、でも確かに“特別な時間”。
数日後。
りうらは、友達の悪ノリに付き合って購買で「恋みくじ」を引かされた。
結果は——《年上の人に恋の予感♡》
「いや、もう予感どころじゃねぇ……」
思わず独り言が漏れた瞬間、背後から声がした。
「なにが“予感どころじゃない”の?」
「!!」
心臓が止まるかと思った。
そこには、買い物袋を下げたないこ先生が立っていた。
「先生!? え、いや、これは、その……!」
「ん?」
「く、くじです! 恋みくじ!」
「……高校で恋みくじ?」
「友達が引けって……」
先生は苦笑して、りうらの手の紙を覗き込んだ。
「《年上の人に恋の予感》……ふーん」
その「ふーん」に、りうらの脳が沸騰した。
「べ、別に先生のこととかじゃないですからね!!」
「なにも言ってないけど?」
「いやでもそう聞こえそうだったんで!!」
「じゃあ“予感”はないのね?」
「……え?」
先生は、少し意地悪そうに笑った。
「なにその顔。図星?」
「ず、ずるいですよ先生、それ……」
「ふふ、減点ね」
テスト前の放課後。
教室の窓から夕日が射し込む。
ないこ先生は赤ペンを持ちながら、りうらの隣で答案を見ていた。
「この詩の作者、誰だっけ?」
「えーと……与謝野晶子?」
「正解。ちょっとずつ覚えてるじゃない」
「まぁ、先生の褒め方が上手いんで」
「またそうやって軽口を……」
先生が笑いながら頭を小突く。
でもその仕草が、どうしようもなく優しい。
りうらは思わず口をついて出た。
「俺、先生のこと、好きかもしれません」
空気が止まった。
窓の外で鳥が鳴く。時計の秒針がカチ、カチと鳴る。
ないこ先生は、しばらく黙っていた。
やがてゆっくり、赤ペンを置いた。
「……高校生のうちは、先生と生徒よ」
「それは、分かってます」
「分かってるなら、それでいい」
そう言って、先生はりうらのノートに一言書き込んだ。
《がんばれ、りうら》
りうらはその文字を、胸の中に焼きつけた。
テストが終わり、夏が来た。
文化祭準備で賑やかな教室の隅で、りうらは装飾の画用紙を切っていた。
ないこ先生は顧問として出入りして、時々生徒たちを励ましていた。
「先生、これどうですか?」
りうらが出したポスターには、ひらがなで《恋愛相談室》と書かれていた。
「なにこれ、怪しいお店みたい」
「いや、企画なんですって!」
「ふーん……じゃあ先生も相談していい?」
「先生が? どんな悩みっすか」
「“最近、からかわれるとドキッとするの。どうしたらいい?”」
「……それ、俺の心臓が止まる質問です」
「減点」
「えぇぇぇ!」
周囲の生徒たちが爆笑。
りうらは真っ赤になってポスターを持ち帰った。
でも——先生が笑ってたから、それで全部OKだった。
文化祭当日。
クラスの展示は大成功。
夕方、片付けをしていると、ないこ先生が教室に現れた。
「おつかれさま、りうらくん」
「先生も。あ、これ、さっきのくじ引きでまた出ました」
「また?」
「《好きな人の笑顔に救われる日》って書いてました」
「……うまいこと言うわね」
「本当ですから」
りうらは真剣な目で先生を見つめた。
「俺、たぶんこれからも、先生に救われ続けると思います」
「……りうらくん」
ないこ先生の目が少し揺れた。
「その言葉、今は“ありがとう”だけ言わせて。
でもいつか——大人になったとき、もう一度言ってくれる?」
「約束、してくれます?」
「うん。約束」
その瞬間、校舎の外で花火が上がった。
文化祭のフィナーレ。
光の中で、先生の笑顔が少しだけ切なく見えた。
それから一年後。
りうらは受験生になって、相変わらず国語に苦戦していた。
ないこ先生は担任を外れたけど、時々廊下で目が合うと、微笑んでくれた。
「りうらくん、がんばってる?」
「ええ、まあ。先生の赤ペンの亡霊が見えるくらいには」
「なにそれ怖い!」
二人は笑った。
でも、りうらの心の中では、あの約束がまだ生きている。
そして数年後。
春、大学の入学式の日。
桜の下でりうらはスマホを見た。
未読メッセージが一つ——
「卒業おめでとう。もう“先生”じゃなくて、ないこでいいよ。
例の約束、まだ覚えてる?」
りうらは笑って、返信を打った。
「もちろん。恋の答案、ようやく提出します」
桜の花びらがひらりと落ちて、風に舞う。
あの日の教室よりもずっと大人になったけど、
恋の始まりは、いつだって放課後から——。
コメント
2件
恋愛...!!いいねッッッ!!おもいっきり青春?してる... 先生との恋みたいなの好きだよ~!!👊✨