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「お客さん。お客さん」
声をかけられ、肩を叩かれた。
んんん?
麗は・・・夢?
かなりお酒の回った頭を起こして、目を開けると、
「えっ?」
目の前に駅員さん顔があった。
「大丈夫ですか?」
心配そうにこちらを見ている。
「ええ。あの・・・大丈夫です」
と答えてはみたものの、
ヤバイ。
電車で寝ちゃったんだ。
「ここは?」
「終点です」
終点ってことは・・・
私はポケットから携帯を取りだした。
午前0時15分。
ヤバイ。ヤバイヤバイ。
「お客さん。カバンは?」
駅員さんの声。
えええ?
そういえば・・・ない。
***
「本当に大丈夫ですか?」
「はい」
「ここは無人駅なのでタクシーは止まってませんし、近くに店もありませんよ」
「大丈夫・・・です」
仕方ない、賢介さんに頼もう。
駅員さんに促され駅に降りると、そこは本当に何もない田園だった。
その時、
プルル プルル
携帯の着信。
相手は・・・『平石賢介』
私は恐る恐る電話に出た。
***
「もしもし」
「琴子?」
「はい」
「今何時だと思ってるんだっ!」
やはり、怒鳴られた。
「ごめんなさい」
「今どこ?」
「終点らしい・・・です」
もー、消えられるものなら消えてしまいたい。
「何でそんなところにいるの?」
「ちょっとだけお酒を飲んでしまって、つい電車でウトウトと・・・」
はああー。
盛大な溜息が聞こえてきた。
「近くに店は?」
「田んぼしかないの。それに・・・」
「まだ何かあるの?」
「カバンがなくなっていて」
「バカッ!何してるんだよ。いいかそこを動くな。駅の中で待ってなさい」
「はい」
小さな声で返事をした。
なんだか叱られている遥みたい。
***
無人の木造駅舎に中で、私は賢介さんを待った。
剥がれかけのポスターも、落書きの残るベンチも、なんだか懐かしい。
私が高校の頃利用していた駅もこんな感じだった。
田舎の鄙びた駅。
通学の高校生と、病院へ向かうじいちゃんばあちゃんしか利用客はいなくて、みんな顔見知りだった。
貧乏だったけれど、それなりに楽しかった。
きっと遥はこんな駅を乗り降りすることなどないんだろうなあ。
お父様もお母様も、賢介さんが通った有名私立に幼稚園から入れる気みたいだし。
まあ、それも遥の人生。
反対ではないけれど。
***
ガラガラ。
駅舎の入り口の戸が開いた。
硬い表情の賢介さんが、私を睨んでいる。
「行くよ」
それだけ言うと駅前に駐めた車へと向かっていく。
私が助手席に乗り込むと車は走り出した。
「ごめんなさい」
しばらく走ってから、沈黙にたまりかねて口を開いた。
「どれだけ心配したか分かってるの?」
「ごめんなさい」
今日の賢介さんはいくら謝っても「もういいよ」とは言ってくれない。
「何の用だった?」
「え?」
「坂井に会いに出かけたんだろう?」
なんで、知ってるの?
「翼に遥のお父さんのことをききたかったの」
一瞬の驚いた顔をした賢介さん。
***
キイ-ッ。
突然、車が近くの路肩に止まった。
「その話は、もうしないって決めたはずだよな?」
確かに、遥を連れて帰る時に「これからは私と賢介さんが親になろう。父親を探すのは止めよう」と決めた。
「分かっているけれど、翼にだけは直接訊きたかったの」
「何で俺に黙ってたの?」
「それは・・・」
知らせずにすめばその方がいいかと思った。とは言えなかった。
「見くびられては困る。その気になれば、麗の相手を探すことなんて簡単なことなんだ。でも、それはしないと決めたはずだろう」
「ごめんなさい。でも、もし翼が父親だったらと思うと、黙っていられなかった」
「それで、もし坂井が父親だったらどうするつもりだった?」
「それは・・・」
言葉に詰まった。
***
「もう2度と勝手なことはするな。いいね」
「はい」
賢介さんの言うとおり、もし翼が遥の父親だったら私はどうしたんだろう。
そんなことハッキリさせても誰の特にもならないのに・・・
ただ私の気が済むだけ。
「ごめんなさい。考えが浅かった」
「うん」
やっと、いつもの顔になった賢介さん。
車は都心に向かって再び走り出した。
***
しばらく走って、着いたのは都心のホテル。
「帰るんじゃないの?」
「今日は帰らない」
「ダメよ。遥は目が覚めて私がいないと泣くのよ」
「今日は母さんに任せなさい」
「でも・・・」
「いいから」
強引に手を引かれ、私達は高層階の客室へ入った。
部屋に入ると、そのままベッドルームへ向かう。
「ねえ、賢介さん」
何?と、私を見る。
「何で、ここに来たの?」
「分からない?」
うん。
私は頷いた。
「今日、残業をしていたら、たまたま坂井が帰国の挨拶に来て。琴子から、遥のことを聞いたと言ったんだ」
「そう」
それで賢介さんは、私と翼が会ったのを知っていたのね。
「急に呼び出されたから1人残して帰ってしまって申し訳ないって言うから、お前に電話しても繋がらないし、心配して帰ってみても、まだ帰っていないし。俺が、どれだけ心配したと思うんだ?」
「ごめんなさい」
なんだか今日の私は謝ってばっかり。
「大体、酔っ払って電車の中で寝るとか、気がついたら終点とか、寝てる間にカバンを盗まれたとか、行動に問題ありすぎだろう」
「すみません」
で、ホテルとどう繋がるの?
「琴子」
賢介さんの腕が私の肩を抱き寄せる。
そして、顔が近付いてきたと思ったら・・・唇を塞がれた。
角度を変えながら、私の反応を楽しいんでいる。
これは、今日の罰ですか?
その晩、いつ眠ったのか思い出せないくらい、私達は愛し合った。
***
「おはよう」
「おはよう」
私達はホテルのベットで目を覚ました。
すでに外は明るくなっている。
一足先にベットを出た賢介さんは、着替えを終えようとしている。
私もバスローブを羽織って、シャワーに向かった。
「ねえ、琴子」
着替えを終えて出てきた私を、近づいた賢介さんが抱きしめた。
「ど、どうしたの?」
「ここ最近、遥のことで忙しくて2人の時間なんてなかったじゃないか」
まあね。色々と事情もあったし。
「それで、昨日坂井と話していて気付いたんだ」
「何を?」
「琴子には俺だけを見ていて欲しい。俺の知らないところで、坂井に会われるのも嫌だし、どこにいるか分からない状況も、連絡がとれないのも嫌だ。嫉妬心の強い小さい男と思われても、琴子だけは俺の側にいて欲しいんだ」
いつも強気で、自信たっぷりの賢介さんからは想像できない言葉に、私は返事が出来なかった。
私の反応をどう感じたのか、抱きしめる腕に力がこもる。
「賢介さん。痛いよ」
「知ってる。俺が素でいられるのは琴子の前だけだから、琴子も俺だけをみていて欲しい」
「うん」
「もし昨日みたいに、遅くまで連絡が取れなかったり、帰ってこなかったり、知らないところで男と会ってたら・・・お仕置だからね」
ええええ、お仕置って。
子供じゃないんだから。
「いいね」
「はい」
ちょっと押し切られた感じだけど、私達は久しぶりに2人の時間を過ごした。
夫婦として、親として、家族として、これからも大変なことはあるだろうけれど、きっと賢介さんが私の運命の人。
この運命に、従ってみようと思う。