テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
臣桜
50,509
畝澄ヒナ
119
#短編
五來 小真
29
その後、俺は明日にでも動いてくれる引っ越し業者に連絡をとった。
費用はどれだけでも払うから、とにかくすぐ引っ越したいと伝えると、幸いにも受け入れてくれる会社があった。
『冷蔵庫とかベッドとかはうちにあるけど、……どうする?』
エミリに尋ねると、彼女は少し考えてから決断した。
『正直、風磨さんとどんな生活を送っていくのか、まだ想像できてないわ。……必要があればまた一人暮らしに戻れる安心感が欲しいのだけれど……。……せっかく手を差し伸べてくれたのに、失礼な事を言ってごめんなさい』
『ううん、全然気にしてないよ。出会ったばかりと言っていいのに、いきなり告白して結婚したい、同居しようって言い出したのは俺だ。普通の感覚の人なら警戒して当然だよ』
『……理解を示してくれて、ありがとう』
エミリは安心したように肩の力を抜く。
『じゃあ、明日は洋服とか身の回りの物だけを持ってきて、大きな物は貸倉庫にでも置いておこうか。そっちの費用も払うから安心して』
『……いいの?』
『俺が今一番大切にしたいのは、エミリに安全な環境を整える事だよ。俺と暮らして気持ちが落ち着かないって言うなら、セキュリティが強固な物件を探しておく。家賃は俺が払うから心配しないで。俺はいずれエミリと結婚したいと思っているから、君の望みは何でも叶えたい。一人暮らしに戻るとしても、俺との結婚を検討してくれるなら、離れても構わない。……最終的に別れると言っても、……たとえば解雇するとか、部署を飛ばすとか、今まで使った金を返せとか、そういう最低な事は言わないから安心して』
『……風磨さんばっかり損してるじゃない』
彼女は不可解そうに言う。
『惚れた弱みだよ。好きな子のためなら、見返りなしになんだってしたい。……勿論、君が見返りをくれるって言うなら、それはそれで嬉しいけど』
『……もう……』
エミリは呆れたように笑い、俺の手を握ってくる。
『……変な人。……普通ならこんな〝訳アリ女〟避けて通るはずなのに』
『俺たちはたまたまパズルのピースがピッタリ合ったんだよ。だから出会って惹かれ合った。……エミリはもう、俺の事好きだよね?』
微笑んで尋ねると、彼女は頬を染めてそっぽを向く。
『嫌いだったらこんな状況になってないわ』
『……嫌いじゃない?』
俺は彼女の顎に手を掛け、ツ……、と親指で唇をなぞる。
するとエミリは俺を軽く睨み、唇を尖らせて言う。
『…………好き、だけど…………』
『うん』
望む答えを引き出した俺は、ニッコリ笑う。
『分かってほしいのは、俺は絶対にエミリを害さないって事だ。これから俺はエミリのために色んな事をしていくけど、お礼をしようと思わなくていい。俺は未来の奥さんのために行動しているだけだ。……もし〝ご褒美を与えてもいい〟と思うなら、キスでもしてくれたら十分に幸せだよ』
『条件が良すぎて……』
『自分にはそれだけの価値があるって思ったら? こういう言い方はいやらしいけど、俺がここまで本気になったのはエミリが初めてなんだ。君は俺の事を〝何でも兼ね揃えたイケメン御曹司〟って言うけど、その俺が認め、求めた女性。……なら、凄いと思えない? なかなか自意識過剰な言い方だけど』
するとエミリはクスッと笑った。
『そうね。……でも嫌じゃないわ。……風磨さんを信じる』
『良かった。ありがとう』
俺はエミリの額にチュッとキスをしたあと、時計を見てから言った。
『そろそろ寝ようか。さっきの客間、自由に使ってどうぞ』
『ありがとう』
エミリは微笑み、立ちあがるとリビングダイニングを出て行った。
俺はグラスを片づけ、照明を落としてから洗面所でうがいをし、ベッドルームへ向かう。
タオルケットにくるまって目を閉じ、ウトウトし始めた頃だった。
『……起きてる?』
細い声がし、出入り口のほうを見るとエミリが立っていた。
『起きてるよ』
『……怖いの。……一緒に寝てもいい?』
エミリのトラウマを十分に理解した俺は、タオルケットを捲り、トントンと隣を叩いた。
『おいで』
『ありがとう』
彼女は隣に寝転び、安心したように溜め息をつく。
『笑われても仕方ないけど、普段は抱き枕を抱いて寝てるの。名前もつけてるの』
『へえ? なんて?』
『大二郎』
『ぶふっ』
まさかの篠宮ホールディングスの商品である、お得サイズの焼酎の名前が出てくるとは思わなかった。
コメント
1件
え、930話まで公開済みで931話がこれ…?まず引っ越し準備の段取りから風磨の「損してる」って言われる覚悟っぷり、まじで男前すぎて泣けるわ。エミリが「好きだけど…」って認めるシーンのじれったさと、その後の「ご褒美はキスでいい」ってスマートな距離感、最高。でも最後の「大二郎」でぶっ飛んだww 焼酎の名前つけた抱き枕ってなんだよ、思わず声出たわ。2人の空気感がめちゃくちゃ丁寧で、怖がって一緒に寝に来たエミリが愛おしい。