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(……そこまで、調べてくれていたの?)
そう思ったら……嬉しさに胸がきゅうっと痛んだ。
けれど晴永は、それ以上何も言わない。
ただ、当たり前のことを言っただけのような顔で、再び手元へ視線を落としていた。
(さっきから拭いてるお皿、絶対もう乾いてるよね?)
なんでもない風を装っているけれど、晴永も案外動揺しているのかもしれない。
それに気が付いた途端、
(……デート……)
その言葉が明確な形を取ったみたいに思えて、瑠璃香は皿を洗いながら心の中で『キャーキャー』と悶えた。
あの日、指輪を受け取ってから、何かが少しずつ変わっている気がする。
言葉にされなくても伝わってくるもの。
ふとした仕草に滲む距離の近さ。
それでも、まだどこか現実感のないまま、曖昧な場所に立っているような感覚も残っていた。
だからこそ――。
(……いいのかな)
こんなふうに、期待してしまって。
小さく首を振る。
余計なことは考えないようにしようと、目の前の作業へ意識を戻した。
***
週末の朝は晴永とふたり、いつもより少しだけ早く目が覚めた。
隣で動く気配に気づいて、同じように身体を起こす。
「……おはよう」
「おはようございます」
短いやり取りを交わして、それぞれ軽く身支度を整える。
リビングへ向かうと、キッチンには先に寝室を出た晴永の姿があった。
いつもなら瑠璃香一人で用意する朝食を、今日は当たり前のように隣に立って手伝ってくれる。
並んで同じ動きをする気配が、妙にくすぐったい。
まるで、新婚さんみたいな朝だった。
レースのカーテン越しに差し込む光が、部屋をやわらかく照らしている。
朝食を終えて、支度のためにそれぞれの部屋へ引っ込んだ。
扉を閉めた途端、瑠璃香は改めて思い出してしまう。
(……今日はこれから……)
晴永と二人で出かける。
その事実が、胸の奥をじんわりと温めた。
デート。
その言葉を、口に出すのはまだ少し気恥ずかしいけれど……それでも、今日が特別な日であることに変わりはなかった。
自分を鼓舞するみたいに、軽く両頬をぱちんと叩く。
気持ちを切り替えるように、瑠璃香はクローゼットを勢いよく開けた。
(何を着ていこうかな?)
そんなことで迷うのも、久しぶりな気がする。
普段の通勤用の服とは違う。
けれど、あまりに気合いを入れすぎるのも、どこか気恥ずかしくて躊躇われる。
「……どうしよう」
小さく呟きながら、何着かを手に取っては戻す。
鏡の前に立ち、さっき整えたばかりの髪をもう一度整えた。
いつもより、少しだけ丁寧にメイクを重ねる。
それだけで、普段の自分よりほんの少しだけ違って見えた。
(……浮かれすぎ?)
自覚すると、ちょっぴり恥ずかしくなる。
左手に視線を落とすと、薬指で銀の輪が鈍い光を放っていた。
(ひゃーっ)
気恥ずかしさはあっても、嫌な気持ちではない。
もちろん、不安がないわけじゃない。
家同士が決めたという晴永の許嫁のことも、彼が背負わなければならない会社のことも、何ひとつ解決していないのだから。
それでも――。
晴永のくれた指輪が指先で、静かな主張を宿しているから。
同じものが彼の左手にも嵌まっているのだと思うだけで、心に溜まっていた澱が、ほわりと解けていくようだった。
(……受け取って、よかった)
そう思えるくらいには、晴永からの気持ちはちゃんと伝わっている。
だから、信じてみようと思ったのだ。
晴永の言葉を。
彼が見せてくれたものを。
今日は、その延長線の、素敵な一日になるはずだった――。
#年の差