テラーノベル
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「……準備、できました」
リビングへ顔を出すと、すでに晴永がソファのそばに立っていた。
外出用のジャケットに袖を通し、腕時計に視線を落としている。
いつもの仕事用とは違う、ちょっとだけラフな服装。
それだけで、なんだか少しだけ距離が近くなったような気がしてしまう。
「おう」
短く返して、晴永がこちらを見る。
一瞬だけ視線が合って――すぐに逸らされた。
そうしてぽつりと聞こえるか聞こえないかの声音で「可愛いな」と褒められて、心臓がトクンッと跳ねる。
すぐさま「晴永さんも……」と言ってから、それでは彼も〝可愛い〟になってしまうと思ったけれど『かっこいいです』の言葉が照れくささに邪魔されてうまく紡げなかった。
晴永は瑠璃香の言葉に一瞬瞳を見開いてから、「俺も可愛いか……」と小さく笑う。
「ち、違っ」
慌ててそこまで言ったら、期待しているみたいにじっと見つめられて、瑠璃香はグッと言葉に詰まった。
改めて『晴永さんもかっこいいです』だなんて言えるはずがない。
「あ、あのっ、……早く行かなきゃ時間がもったいないですよ?」
結局照れを誤魔化したい一心。瑠璃香は自分の方が支度に時間が掛かったことを棚上げした発言をしてしまってから……ハッとしたように晴永を見た。
けれど、彼は一向に気にした様子はなく瑠璃香に笑いかけてくれる。
「――そうだな。じゃあ、行くか」
「はい」
二人連れ立って、玄関へ向かう。
瑠璃香がたくさん歩いても足を痛めないようスニーカーを履き終えた、そのときだった。
――ブーブーという乾いたバイブ音が、部屋の空気を不穏に震わせた。
背後に立つ晴永のジャケットの内ポケットの中で、彼のスマートフォンが震えている。
瑠璃香は嫌な予感を感じつつ、晴永をじっと見上げた。
晴永は一瞬だけ動きを止め、「ちょっと、ごめんな」と瑠璃香に断ってから、スマートフォンを取り出す。
画面を見た瞬間、ほんの少しだけ表情が変わったのを、瑠璃香は見逃さなかった。
(……誰から?)
問いかける前に、晴永がリビングの方へ戻りながら通話ボタンを押す。
「……もしもし」
低く、短い声。
距離があって、瑠璃香には相手の声が微塵も聞こえてこない。晴永の声だけが聞こえてくるやり取りに、瑠璃香はそわそわと落ち着かない。
電話を受ける晴永の横顔が、徐々に険しくなっていくのが分かる。
「……今からか?」
「けど、今日は――」
「……それは……俺じゃないとダメってことか?」
「……そうか。――分かった。すぐ行く」
通話が切れる。
晴永が瑠璃香を振り返って申し訳なさそうな顔をする。
静寂が、痛いくらいに感じられた。
さっきまでの浮き足立ったほわほわとした空気が、どこか遠くへ押しやられたみたいに、室内の温度がじわりと冷えていく。
「……お仕事、ですか?」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声が出た。
晴永は一瞬だけ視線を伏せて、それから小さく息を吐く。
「悪い。ちょっとトラブルがあったみたいで……急ぎの案件なんだ」
瑠璃香が何と答えたらいいのか分からなくて、晴永をじっと見つめたら、彼が申し訳なさそうに瑠璃香の頬へ触れた。
「……すまん。どうしても外せない用なんだ」
言いながら、晴永があまりにもつらそうな顔をするから……。
#夢
凪川 彩絵
コメント
1件
せっかくのデートなのにー!😭