僕は学食で多さと安さだけが取り柄のカレーを頬張りながら次の講義のレポートの仕上げをしていた。
「よお。またカレーか?」
僕の向かいの席に座って話しかけて来たのは同じサークルの、仮に此処ではA男とする。
僕とA男は郷土史研究のサークルで知り合った。郷土史とはいってもほとんどが旅行好きが集まっただけの弱小サークルで一部は飲み会にしか顔を出さない。A男は別のサークルにも所属しているようで僕とは違い友人も多く顔も広い。
「A男は飯もう済ませたのか」
タブレットに目を落としたまま話しかけるとA男は僕のタブレットを奪い取り繁々と眺めている。
A男は要領がいいからレポートなどとっくの昔に終わっているんだろうが僕はいつもギリギリだ。
「お前心霊スポットとか興味ある?」
A男は僕にタブレットを返してそんなことを言った。
僕は自慢ではないが心霊やその類が大の苦手だ。だがなぜか昔からそういうものとは縁がある。そして大学生とは往々にして暇を持て余しいつだってその暇を潰すものを渇望しているのだ。
「なんでそんなことを?」
「この間行って来たんだよ」
別のサークルの奴らとな、とA男が言ってスマホの画面をこちらに見せてくる。
そこには神社のようなものの前でポーズをとる複数人の男女とそれに被さるように写った赤い何か。
背中がぞくりとする。昔何かのテレビで見たことがある。
確か、
「アステカの祭壇」
僕の思考を読んだような単語が後ろから聞こえる。
後ろを振り向くとS岡さんがゼリー飲料片手に立っていた。
「S岡さん?!」
「こりゃ見事だね」
A男のスマホの画面に釘付けのS岡さんをA男が口パクで『だれ?』と言ってくる。
僕も同じように『バイト先の人』と告げる。
「アステカの祭壇ってなんですか。」
A男がS岡さんに尋ねている。
「13世紀から15世紀にかけて栄えたといわれているアステカ文明では定期的に人身御供が行われていたといわれていてね。生贄を捧げないと太陽が消滅すると信じられていたそうだよ」
S岡さんは写真に写った赤いものの一部を指さしてここが祭壇、と形をなぞった。
「生き血は壺なんかに入れられるとかって」
祭壇に縛り付けられてどんな気分だったんだろうね、とS岡さんはいう。
太陽がなくなってしまうなんてないことは僕らは知ってる。電気もない時代もし太陽が消えてしまって闇に包まれたら、僕らの知っている夜とは違う想像もつかないような闇がずっと続くのならそれは、想像して身震いする。
「でも、この類のものは映り込みってことで決着がついてるからね」
そう言ってS岡さんはA男にスマホを返した。
A男は怪訝そうな顔でそれを受け取る。
「賽銭箱とかじゃないの?」
僕が聞くとA男は賽銭箱は普通のものだったという。
「その赤いものはなんの害もないけどそういうところからものを持ち帰るのは感心しないかな。そこの神社は稲荷かな。狐は祟るよー」
A男の肩に手を置いてS岡さんはニヤリとした。A男は跳ね上がるように立ち上がって荷物をまとめてその場を後にした。
「…S岡さん学生だったんですね」
「君も大概失礼だね。」
S岡さんはゼリー飲料を吸い切るとゴミ箱に投げ捨てて講義に送れるよ、と言って僕に飴を一つくれた。いつものやつかな、と見てみると黒飴だった。