こんなチグハグな状態で、宗親さんとの〝偽夫婦生活〟に向けた、いわゆる〝プレ同棲生活〟が始まるんだと思ったら、何となくあのバタついた引っ越し前のあれこれからやり直したいと思ってしまった。
だって……。あんまりにも宗親さんペースでことが運びすぎてしまって、私、心の準備が出来ていなかったんだもん。
宗親さんだけ、何もかも訳知り顔でどんどん先に行っちゃうの、ズルイよぅっ!
私に同居を持ちかけた時には、既に色々覚悟が出来ていたようなことを仰ったけれど、私、そんなにすんなり色々割り切れないんだけどな?
これって……やっぱり、私の覚悟が足りていないせいですか?
ほぉっとひとつ溜め息をついて、私は引っ越しのことを切り出された先の土曜日に想いを馳せた。
***
「金曜日、引っ越し業者が春凪のアパートに来るよう手配しました。キミは仕事をお休みして対応するように」
シャワーから出ていらっしゃるや否や、有給も何もない私にそんなことを言ってくる宗親さんは、鬼だと思って。
そもそもいつそんな手筈を整えていらしたのですか、宗親さん!
私がお風呂に入っている間ですか!?
昨今、大抵のことは何だってスマホひとつあれば、ネットからアレコレ出来てしまうから、きっとそうに違いないの。
「で、でもっ」
社会人になりたてほやほやの身で、私事のために仕事をサボるとかどうなの?という気持ちを込めて反論を試みる。
「でももしかしもありません。時間がないのだと言うことを自覚して下さい。そもそも社会人としてどうのこうの考えているんだとしたら、最初から受けた着信への折り返しを疎かにしなければ良かっただけのことです。そう思いませんか?」
冷ややかな視線を向けられて、私はグッと言葉に詰まった。
何、宗親さん、エスパーか何かですか?
心を読まれたみたいな上に、おっしゃる通り過ぎて、私、ぐうの音も出ません。
とはいえ、私が不動産屋や実家へ折り返し出来なかった責任の一端は、死ぬほど私をこき使って疲れさせた宗親さんにもある気がするのです。
そんなことを思ったけれど、言ったら最後、何億倍にも膨らんだお小言が返ってきそうで、口が裂けても言えっこないの。
「あの……私がお休みしても……、その……」
「ひょっとして業務に支障が出ないか?とか気にして下さっていますか?」
そこで小さく溜め息をつくと、宗親さんが、どこか熱のこもった目で私をじっと見つめていらして。
「正直、僕はキミをとても頼りにしていますし、もちろん出ないはずがありません。恐らくは、僕に思いっきり皺寄せが来るでしょうね。――けど、安心して? 春凪。……そこはまぁキミの夫になる身として、甘んじて受け入れるつもりでいますから」
(あ、あのっ、宗親さんっ。お言葉ですが、そこは〝夫〟というより〝上司として〟の方が正しい選択肢な気がするのですっ)
その言い方は、私たちは間違いなく結婚するのだと言い聞かせられているようで、何となく引っかかったけれど、とても口を挟めるような雰囲気じゃなかったの。
だって、宗親さん。口元は柔らかな笑みをたたえているくせに、視線だけはやたら鋭くて。
言外に「僕も協力するんですから、春凪に拒否権はありませんよ?」と含められているのが有り有りと窺えるんだもん。
私はしんなりと萎れながら、「分かりました。ご迷惑をお掛けしてすみません」とうなずいた。
***
引越しの際、私が使っていた家具類はほぼ必要ないと言うことでリサイクルショップに持っていくことになった。
その際、「もし捨てたあとで必要になっても、また新しいのを買い直せば良いでしょう?」という宗親さんの金銭感覚度外視の発言に、私はキッと彼を睨みつけた。
「あるもので間に合いそうなら買いません! 手放すのは本当に不要なものだけです! なのでっ。どうか厳選させてください!」
そう言って向き合った、長年愛用してきた私の家具たち。
思えば大学生の頃からの付き合いのものばかりで、4年以上苦楽を共にしてきた品物ばかりだ。
とは言え、その大半がCMでもお値段以上〜と謳われているお店のもの中心だっただけあって、安価で手頃だった反面、材質のチープさはどうしても拭えなくて。
おまけに私は割と乙女チックな色合いを好むタイプだったので、薄桃色とか白に近いお色が多かったから。
正直宗親さんの、あの黒を基調とした大人っぽいお部屋にマッチするか?と考えたら、しないものがほとんどだったの。
そもそも私にあてがわれた一室も、ウォークインクローゼットが付いていて、箪笥なども必要ないといった仕様。
テーブルなんかにしても、リビングで宗親さんが使っていらっしゃるものを拝借すれば済む話だから、これと言って要りそうなものはなくて。
結局家具類は宗親さんの家にはない小さなドレッサーと、パソコンラックぐらいしか残らなかったの。
厳選するとは言ったけど、ここまで!?と思ったら何だかちょっぴり虚しくなった。
「う〜」
たった2つだけ残されたドレッサーとラックを前に唸る私に、「春凪、本当に厳選しましたね」と瞳を見開いた宗親さんのお顔が忘れられません!
家電にしても、昨今、メディアはテレビを使わなくてもスマートフォンで観られてしまうから必要性がなかったし、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなんかにしても、私が使っているものは何ひとつニーズを感じられなかったとか……。
仕方がないとはいえ、何だか寂しくないですか?
***
そんなこんなで、あれよあれよと言ううちにお引っ越しは呆気なく完了してしまい――。
その所要時間、引越し先での整理整頓も含めてたったの1日!
もちろん移り住んだ先は宗親さんのいらっしゃるあのお部屋で。
ホントのホントにわけも分からないまま。
私はあっという間にコンシェルジュ付きタワーマンションの住人になりました。
わーん、あまりにスムーズ過ぎて、正直めちゃくちゃ怖いんですけどぉー!?
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