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のんびりと海を見ながら若井と歩いていると

「あれ幸せの鐘じゃん!」

若井は目をキラキラさせながら言った。

海が見える展望デッキの端には、3mくらいの高さに釣り下がった鐘があった。

「涼ちゃん、ならしてみる?」

「ならしてみたいけど、目立つとなぁ・・・。」

一応それぞれ帽子被ってるし、マスクもしてる。コンサバファッションと言えば聞こえはいいが、所謂どこにでもいそうな服装。バレる心配はないと思うけど、ここで騒ぎになったら今迷惑かけてる人にさらに迷惑をかけてしまう恐れがある。

「じゃぁ写真だけ。」

若井の言葉に、写真だけならと鐘が入る画角で二人での写真と、それぞれ一人の写真を撮った。

「次どこ行く?若井。」

「・・・・・。」

若井はじっと鐘を見つめていた。

「若井?」

「俺ちょっと鳴らしてくるわ。」

「え?」

若井は鐘に近づくと、紐をゆっくりと引っ張る。

少し高めの音が遠慮がちに響き渡り、余韻は優しく空気に溶けていった。

(これって確か・・・。)


【大切な人へ想いを込めて鳴らして下さい。伝えたい言葉は音の波となって、その想いは深まりきっと心に届くはずです。】


どこかで見た説明を思い出した。

(若井って好きな人いるんだ・・・。)

以前の彼女と別れてからそういう話は聞かなかったが、もしかしたら誰か好きな人、または付き合っている人がいるかもしれない。


そりゃそうか

かっこよくて優しくて面倒見よくて

恋人居ない方がおかしいよね


納得すると同時に胸がチクリと痛んだ。

(ん・・・?)

胸が痛い・・・?

揺れる鐘を見上げる若井。その目は真剣で、何かに想いを馳せているようでもあった。

「・・・・っ。」

胸がギュッと締め付けられる。それは痛みではなく甘い痺れ。

(あぁ、そっか・・・。)

何も知らない子供じゃないんだ。こんなの流石に僕でもわかる。

(僕、若井のこと好きなんだ・・・。)

自覚した途端に失恋した。でも、この甘い痛みはなんだか心地いい。

「想い届いてるかなぁ。」

笑いながら若井が戻ってきた。

「・・・届いてるよきっと。」

マスクしておいてよかった。

うまく笑えてない顔を見られないで済んだから。




太陽は完全に沈み、曖昧だった空と海の境目に街の光が灯っていく。

「涼ちゃん、体調は?」

「大丈夫だよ。」

「よかった。」

にっこり笑う若井に、胸が締め付けられる。

「・・・そんなに優しくしなくていいよ。」

「え?」

思わず言ってしまってからハッと我に返る。

「あ、ご、ごめん!散々迷惑かけておいて!でも、若井にも色々あると思うし、僕のことそんなに気にしなくてもいいっていうか・・・。」

「俺がしたいだけだから。でも、涼ちゃんの負担になってたんならごめんね。」

「負担だなんて思ってないよ!若井にはめちゃくちゃ助けられた。若井がいてくれてよかった・・・。」

マスク越しだけど分かる。若井は嬉しそうに笑った。


可能性ゼロのこの気持ちが膨らんでいくのを感じる

あぁ、いっそ膨らんで破裂して消えてなくなればいいのに・・・


「そろそろ帰ろうか。」

若井の言葉に頷く。駐車場に停めてあった車に戻る際、若井が僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いていることに気が付いた。そんなことにまでキュンとしてしまう程の末期症状に、心の中で頭を抱えた。




「そうだ、涼ちゃん。俺、今日は自分ち帰るわ。」

車に乗り込んだところで、若井が言った。

「え・・・?」

「いやぁ、押しかけ女房かましてたけど、涼ちゃんも一人でゆっくりしたいかなって思って。」


目の前が真っ暗になる

駄目だ、ここで倒れたら

若井をこれ以上独り占めするわけにはいかない

若井の為にも、若井の大切な人のためにも

ひとりで立てなくなる前に終わりにしなきゃ


「涼ちゃん?本当に大丈夫?気分悪いんじゃない?」

無意識に若井の服の裾を掴んでおり、俯く僕の顔を覗き込む若井と目が合った。

「あ、ごめん!」

慌てて離す。


”ひとりにしないでよ”


なんて言えない

若井には若井の都合があるし、待ってる人がいる

僕を優先しなければいけない理由もない

でも

「ち・・・・。」

「ち?」



「茶碗蒸しまだ食べてない!」



思わず言ってしまった言葉がこれって・・・。

若井は目を丸くした後、ふはっと笑った。

「じゃあ卵買って帰ろうか。」

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