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「お兄さん……」
「だ、大丈夫だ。平気だよ、ナギ……心配しないで」
そう口では言っても、現場に漂う明らかな殺意を前に、平気でいられるはずがなかった。心臓は喉元まで飛び出しそうなほど脈打ち、嫌な汗がじわりと背中を伝う。
「今、凛さんも対応に追われているみたいで……。安全が確保されるまでは、私たちも自宅待機してほしいって、凛さんからの伝言を預かってきたの」
「まぁ、確かにそうなるよな」
「……せっかく、軌道に乗り始めていたのに……」
雪之丞の絞り出すような声がやけに大きく響き、出演者全員が重苦しい空気に押し潰されそうになっていた。
「クソっ……こんな大事な時に……」
「なぁ、オッサン。何か心当たりはないのかよ?」
「うーん……心当たり、か……」
東海の問いに、蓮は記憶の糸を辿る。
「この間のさ、アイツじゃない? ほら、蓮さんを昔ケガさせたって言ってた、あの元スタッフ……」
美月の言葉に、蓮は一人の男の顔を思い浮かべた。だが、凛から「次は容赦しない」と宣告されていたアイツに、これほど手の込んだ真似ができるだろうか。
衣装部屋に容易く潜り込めるということは、内部事情に精通した者の犯行である可能性が極めて高い。現在のスタッフの中に塩田と繋がっている者がいて、共謀して今回の事件を起こしたのだとしたら――。
「あの、もしかして……今も、このスタッフの中に混じって、私たちを監視している『誰か』がいるってことですよね?」
弓弦の静かな、けれど鋭い指摘に、その場にいた全員が凍りついた。 数々の修羅場を共に乗り越えてきたはずの仲間の中に、裏切り者がいるかもしれない。信じたくはないが、今回の一件は偶然にしてはあまりに不自然だ。
「……確証はないけど、そういうことになるね」
そう答えた瞬間、蓮の背筋を冷たい悪寒が走った。犯人、あるいは共犯者が、今この瞬間もすぐ側で自分たちの動揺を嘲笑っているのかもしれない。
「一先ず、撤収しようか。あまり迂闊なことは喋らない方がいい」
「うん……そうだね」
映像のストックは二週分ほどある。データさえ無事なら放送に穴を開けることはない。だが、皆の表情には一様に暗い影が落ちていた。
「ごめん、みんな。僕のせいで……」
「お兄さんのせいじゃないって! 悪いのは犯人だし!」
「ナギ……ありがとう。でも……」
重なるトラブルに、流石の蓮も心が折れかけていた。そんな時だ。
「あーぁ、ほんっと迷惑! こんなに人に恨まれるって、どんだけだよって感じ」
「ち、ちょっとはるみん! 何を……」
空気を読まない東海の毒舌が飛ぶ。
「だってそうだろ? 美月だって、今回の仕事を足がかりにしたいって言ってたじゃん。草薙くんは超有名人だから痛くも痒くもないだろうけど、それでもネームブランドに傷がつくだろうし。ナギだって、有名になりたいんだろ? このトラブルはマイナスでしかねぇよ」
さらりと毒を吐く東海だったが、それは残酷なまでの正論だった。蓮は無言で唇を噛み締める。
「そりゃ、俺だって有名になりたいよ。でも、だからってお兄さんのことを迷惑だなんて……!」
「本当かよ。まぁ、アンタはそうかもな。この人のこと、大好きだし?」
「そっ、それは……っ」
顔を真っ赤にするナギを鼻で笑い、東海は真っ直ぐに蓮を見据えた。
「この際だから言うけど、俺……。オッサンのこと、初めて会った時から大っ嫌いだったんだ」
「……っ」
「無駄に顔だけは良くて華があって、ブランクがあるとか言いながらいきなりの主役抜擢。しかも、あの凛さんが兄だろ? 演技も下手くそなぽっと出のお坊ちゃんかと思えば、ムカつくくらい上手いし、意外と紳士的だし……。腹立つんだよ、何もかも」
それは、歪んだ羨望が混じった告白だった。
「俺たちがどれだけ努力したって、アンタは一瞬であっさり追い抜いていく。そういうところが嫌いだった。……でも、今は少し違う」
東海は言いにくそうに頭をかいた。
「凛さんが言ってたんだ。アイツは天才だって。一度見た台本は全部入ってるし、感覚で演じ分けられる逸材だって。ただ、何でもできる分、思考が中学生くらいで止まってるから敵も多いってさ」
蓮は思わず面を食らった。
「ずっと一緒にいたら、わかることもある。……凛さんの言う通り、ほんっとガキみたいだなって思うところも多々あるけど。でも、現場に入ってアンタが台本を読んでるのを見たことがない。撮影に対しては、割と真摯に役と向き合ってる。演技してる時のアンタは、確かに凄い。それは……認める」
不器用な、けれど東海なりの最大限の賛辞。蓮の胸の奥に、じわりと熱いものが広がった。
「……なんだよ、それ。結局褒めてるのか、貶してるのかどっちなんだ」
「どっちもだよ。オッサンは、ムカつくくらいすげぇ役者だ。だから……余計に腹が立つんだよ。いいモン持ってるのに、こんなわけ分かんねぇ卑怯な奴らに足を引っ張られてさ……。なんで怒らないんだよ。なんでそんなに落ち着いてられる? 普通、もっと焦るだろ!」
ヤケになったような叫び。それは蓮への怒りではなく、理不尽な状況への、そして蓮の「優しさ」への苛立ちだった。 蓮は、ふっと表情を和らげた。普段、感情をあまり表に出さない彼が見せた、穏やかで少しだけ悲しげな微笑みだった。
「はるみん、お前……」
「はるみんって呼ぶなっつーの! ……要するに、アンタの良さに気づけない馬鹿な誰かが、勝手に恨んで嫌がらせをしてるんだろ。やり過ぎなんだよ、何もかも」
「なんだ、もー……いきなり不穏なこと言い出すから、ドキドキしちゃったじゃない」
美月が安堵の溜息をつく。
「はるみん、いい性格してるよね。俺も、もう付き合ってられるか!ってバラバラになっちゃうのかと思ったよ」
雪之丞も、いつになく強い口調で続ける。
「ボ、僕も東海が呆れて降りるって言い出すのかと思った」
「うっ、棗さんまで……」
「なんだかんだ言って、はるみんってば蓮さんのこと好きでしょ? よく『あの動きはどうやったんだ?』って、撮影済みの映像をガン見しながら研究してるもんね」
「なっ、馬鹿女! 何をっ!」
「へぇ~……。そうなんだ。ふぅん、それは知らなかったな」
蓮はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、東海の肩をがっしりと掴んだ。秘密を暴露されたショックで、東海は首まで真っ赤になりながらその手を振り払う。
一触即発だった空気は、いつの間にかいつもの獅子レンジャーらしい「騒がしさ」を取り戻していた。 見えない敵の恐怖は消えたわけではない。けれど、隣に立つ仲間たちの体温を、蓮は今まで以上に強く感じていた。