side:wki
夏休み中は、とにかく部活に没頭した。
ボールを蹴ってさえいれば、全てを忘れられたから。
謝りのメールは入れたけど、素っ気ない返事に怒ってるんじゃないかと勝手に不安になる。
簡素な返事はいつものことなのにな。
俺に、あの日の負い目があるからだ。
でも兄貴の秘蔵DVDでちゃんと抜けたし。
あれは予期せぬ事故からの暴発だ。
いわゆる思春期だし、よくあることなんだ。きっと。
大丈夫。俺は、大丈夫。
呪文の様に唱えながら、大丈夫の前に入りそうになった“まだ”の一言を、ボールと共に蹴り捨てた。
「あれ…?なんで?」
新曲がアップされてないことに気付いたのは、夏休みが終わる前日だった。
大森の事を考えないようにしようと務めた結果、音楽からも離れていたからだ。
おかしい。
多い時で、2週間毎日アップされてたのに。
俺が知る限り、こんなに間が空いてるのは初めてだ。
体調崩した?
家族になにかあったのかな?
普通に遊んでるだけ?
…それとも、あの日のせい…?
ベッドの上で転がりながら、悶々と思考だけが巡る。
不安に駆られてメール画面を開いてみたけれど、何度指を動かしても気の利いた事が書けなくて、結局放り出して枕に顔を埋めた。
そうだよ、明日から新学期じゃん。
朝いつも通り立ち寄ればいい。
どんな顔して行ったらいいか分からないけど。
少しの緊張を抱えながら、勇気を振り絞って大森の家に来たのに。
どっからどう見ても寝起きで、寝癖で髪の毛があちこちに跳ねてる大森を見たら、一気に心が解れ自然と顔が綻ぶ。
『行かない』という時に、少し唇が尖るのもそのまま。
寝癖を指摘したら、ブツブツ文句を言いながら頭を抱えて俯いてしまった。
隠しきれていない耳と首筋が赤くなっているのがよく見える角度で。
“可愛い”
無意識に大森に伸びていた手にハッとする。
頭をクシャクシャに撫でてしまいたい。
でもそれをすると、自分でも抱えきれてない色々な感情が伝わってしまいそうで。
伸ばした手をグッと握り締めて、ポケットに押し込んだ。
「新曲楽しみにしてるからな!じゃ!」
出来る限り明るく声を掛け、手を振って別れる。
とりあえずは、元気そうで良かった。
始業式が終わって家に帰ると、新曲がアップされていた。
明るい曲調の前向きな歌。
大森にしては珍しいなと思った。
それからしばらくは、曲についてのやり取りと、朝誘いに行っては断られるの繰り返しだった。
大森が学校に来たら楽しいと思うんだけどな。
もっと話したい。
大森を知りたい。大森の世界に触れたい。
前より深くそう思うようになり、勉強と部活以外の時間はほぼ、ギターの練習に明け暮れていた。
そんな生活を送っていたら、天地がひっくり返るようなメールが来た。
「おれ、修学旅行行こうと思う」
中学2年、3月の頭。
メールを見るなり俺は職員室に駆け込んで、来年のクラスについて担任に直談判していた。
「一緒に行こう」
その一言を返す為に。
コメント
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うおおおおぉ!続きが気になりすぎる😆💗