テラーノベル
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蒼さん、帰ってきたんだ。
駆け足で迎えに行く。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
さっきまでお店で会っていたのに。
しばらく会っていなかったような感覚に陥る。
「桜。今日はおかえりなさいのハグしてくれないの?」
あっ。
さっきのことを考えてたら、なんだか身体が硬直してしまって自然に動けなかった。
「えっと……。してもいいですか?」
私の問いかけに
「そんなこと、いつもは聞いてこないけど……。何かあったの?」
「えっ?」
「今日は来てくれてありがとう。蘭子さんも喜んでた。お風呂入ってくるね?」
あれ?
なんだか今日、蒼さん素っ気ない。
いつもならもっと喜んでくれるのに。
私、何かしたのかな。
「蒼さん!」
バスルームへ向かう蒼さんを呼び止める。
「どうした?」
「あの……。私のこと、嫌いになっちゃいましたか?」
「えっ?」
「いつもならもっと、よしよししてくれたり、ギュってしてくれるのに……」
嫌われちゃったのかな。
私なんか、蒼さんに一瞬でも好きになってもらえたことが奇跡なんだ。
泣きそうになってしまった私に蒼さんは
「ごめん。そんなことないから。大好きだよ?」
そう優しく伝えてくれた。
「桜。もうちょっと起きていられる?すぐシャワー浴びてくるから。そしたらゆっくり話そうか?」
「はい!」
蒼さんは大人だ。
大好きだと言われ、顔が赤くなってしまったが、その言葉で落ち着いた。
ポンポンと私の頭を軽く叩き、蒼さんはバスルームへ向かった。
――・・・――
「お待たせ」
「いえ。蒼さん、夕ご飯は本当にいらないんですか?」
<夕ご飯、今日は蘭子ママが作ってくれたご飯をお客さんと食べたから大丈夫だよ>
というLIEEが来ていた。
「ああ。大丈夫。ありがとう」
蒼さんがソファーに座った。
ふぅと深呼吸をする。
私は蒼さんにはやっぱり隠し事をしたくないから。
正直に今日のことを話そうと決めた。
「蒼さんっ……」
「桜、ごめん」
同じタイミングで口を開いてしまった。
「はい。なんですか?」
何がごめんなんだろう。
「さっき、帰って来た時に……。冷たく当たってごめん」
「えっ。いえ、あれは私がいけないので……」
私が菫さんのことばかり考えて、ぎこちなかったから。
「今日は桜が店に来てくれて、嬉しかった。でも、恋愛感情はないってわかっているのに、蘭子ママとか菫とかにハグされている桜を見て……。恥ずかしいけど、嫉妬したんだ。ガキだよな?」
蒼さん、顔が真っ赤だ。珍しい。
「だから桜は何も悪くない。ごめん」
こんな私に対して頭を下げてくれた。
「私の方こそごめんなさいっ!今日は蘭子ママさんとお話ができて楽しかったです。STARのスタッフさんとお話をしていると、いろんなことを教えてもらえるし、元気を分けてもらえて……。大好きな蒼さんに会えるし……」
彼はクスっと笑って
「毎日会ってるだろ?一緒に住んでるんだし……。でも不思議だよな。桜とはずっと一緒にいても飽きない。もっともっと近くにいたいと思う。STARに桜が来てくれると、いつも以上に頑張れるし」
嬉しい、すごく。こんなに想ってくれる人が傍にいるなんて……。
「蒼さん。私も蒼さんに話したいことがあります。嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないけど、隠し事はしたくないので……」
さっきまで微笑んでいてくれた彼が真剣な表情に変わった。
「どうした?」
「実は……」
私は、菫《すみれ》さんと会話した内容と故意に胸に触れられたことを蒼さんに話した。
「菫さんは、うまく言えないけど……。STARで働く目的が、女の子のような気がします。すみません。不快な気持ちにさせてしまって……」
STARのスタッフさんはとても良い人たちばかりだ。
もしそんなことを繰り返して、お店の評判が落ちたら私も嫌だ。
「ごめん。そこまで気付くことができなかった。辛い思いをさせて本当にごめんな。俺が守るって約束したのに……」
「蒼さんはしっかり守ってくれました!椿さんの姿でもとてもカッコ良かったです」
「許さない」
「へっ?」
「いや、こっちの話。蘭子さんにも報告しとくから。まだ働き出してニ週間くらいなんだけど、お客さんとよく揉めたりする奴で。今日の桜の話で確信した。店の評判落としたくないし、桜の名前は伏せて、本人に聞いてみる」
「はい。わかりました」
話すことができて良かった。
蘭子ママさんと蒼さんならきっと上手く対応してくれる。
それにしても思い出すと気持ち悪い。
嫌いな人に触られるってあんなに嫌な気持ちになるんだ。
下を向いていたら、いつの間にか蒼さんが隣に座っていた。
目が合う。
ヤバい、ドキドキする。
彼は私を引き寄せ
「ごめん。怖かっただろ?」
優しくギュッとしてくれた。
ああ。気持ち悪さと不快感がなくなっていく。
ずっとこの胸の中にいたいと思ってしまう。
ギュッと抱きしめ返す。
ポンポンと優しく背中を叩かれる。
「安心します。ずっと……。こうしていたいと思っちゃいます」
「俺もそう思うよ?」
ドキドキするけど、安心する。
なんだろう、この感覚。
とりあえず、幸せ。
しばらくそうしていたが、蒼さんが気を遣って
「もう寝る時間だよな?眠れそう?」
そう聞いてくれた。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
蒼さんだって一人でゆっくりしたいよね。
でも今日は――。
「蒼さん。今日、一緒に寝ちゃダメですか?」
自然と出た言葉。
あんなことがあったせいか、もっと彼の近くにいたい。
コメント
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この連載楽しみです🥰