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#💛💜
愛日
1
ラウールに伝えてもらった住所には、大きな劇場が聳え立っている。今はもう使われていないが、綺麗なまま保たれていた。
深澤を先頭にして、警戒しながら中に入っていく。エントランスに人影はなく、そのままホールに続く扉をゆっくりと開ける。中は漆黒に包まれており、明かりはついていない。顔を見合わせて頷き、一歩、中に足を踏み入れた。
瞬間、背後で扉が勢いよく閉じ、壁面と床を青白い光が走ったかと思うと、その光は舞台に向かい、パッと舞台上の照明がついた。
そこには、豪奢な装飾の付いた仕立ての良い椅子に座る男。鎧を着ていない騎士のような服装の男が、こちらを見据えている。
「ようこそ。ここまで辿り着くとは、想定外だったがな」
💜「お前が夕星か」
「いかにも」
🖤「お前に阿部ちゃんは渡さない。力づくで引きはがす」
「ほう? なるほど、姫にはナイトが付き物という事か。いいだろう、相手になってやる。ただし、我に触れられたらの話だがな」
🩷「誰が相手すると思ってんの?」
瞬間、夕星の真横に出現した佐久間は体を捻り、回し蹴りを繰り出した。けれどその蹴りは夕星に当たる事なく、佐久間は硬直したようにその場に留まっている。
「慌てるな。まだ始まったばかりだ」
夕星は動くことなく、けれど何かに弾かれたように佐久間の体は後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
🖤「佐久間くん!」
💜「何だ、今の……あいつ、何しやがった?」
🖤「とにかく攻撃してみます。何か分かるかも」
目黒がダンッと強く床を踏みつけると夕星の周囲に無数の蔓が出現してその体を絡めとる。
しかし、夕星は椅子の手すりに頬杖をついて微笑を浮かべたまま微動だにしない。
「この程度か?」
🖤「え?」
「失せろ」
瞬間、蔓が逆再生されたようにシュルシュルと離れていくと、床に消えていった。
💜「は? えっ? 何だ今の」
🖤「……何されたか分かんなかった……」
💜「めめ、ちょっとあいつの足止めしといてくれる? 佐久間にも訊きに行く。あれが何なのか分かんないと、対処のしようがない」
🖤「分かりました。どこまでできるかは分かんないですけど」
💜「できる限りでいいよ。ふーちゃん、めめに協力してあげてくれる?」
深澤の肩に乗っていたふーちゃんが飛び上がると紫色のオーラに包まれ、鋼で覆われたフェンリルの姿へと変貌する。
🖤「うおっ、でかっ」
💜「今日はその気分なのね。いいよ、ふーちゃん。暴れちゃって」
勢いよく床を蹴って夕星に向かっていくふーちゃんに合わせるように、目黒も蔓を出現させて向かわせる。
その陰に隠れながら深澤は、舞台袖に倒れ込んだ佐久間の許に駆けつける。
💜「佐久間」
🩷「ってー……あいつヤバいな」
💜「なんか佐久間、空中で動き止まってなかった?」
🩷「止まったっていうか、阻まれたっていうか、なんかこう、エネルギーの圧っぽいの感じたかも」
💜「エネルギーの圧?」
🩷「そう。あいつから、こうぶわーってなんか広がってる感じ?」
わかる?と訊ねられるものの、イマイチ想像がつかない。けれど、動きを止められたとかストップ系の異能ではなさそうだ。
🩷「あの異能を打破するヒントが欲しいよなー。お前、何となく考えてるのある?」
💜「んー。これってのはない。けど、絞り込めればいけるかも」
🩷「じゃ、観察はお前に任せるわ」
💜「バテんなよ?」
🩷「俺を誰だと思ってんだよ? 元気が取り柄の佐久間さんだぞ!」
立ち上がった佐久間は振り返ってニッといたずらっぽい笑みを浮かべ、ふーちゃんの攻撃に合わせて瞬間移動をすると、かかと落としを繰り出した。
しかしそれも、何かに阻まれるように夕星の頭上50センチほどのところで止められている。
「浅はかな」
🩷「どうだか。その余裕の顔、いつまでできんだろう、な!」
止められた、かかと落としに使った左足を軸にして後方に宙返りをすると、大きな口を開けたフェンリルのふーちゃんが夕星にかぶりつく。
けれどやはり、50センチのところから近づく事はできなかった。
💜「あの距離になんかあるんだろうな……ん? でも待てよ。確かめめの蔓だけ、あいつに触ってたよな。何でだ?」
試しに、深澤は鋼でクナイを作ると、それを夕星に向けて投げつける。すると、左後方から向かっていたクナイを右手の人差し指と中指で挟んで止めていた。
まただ。また、触れている。
💜「佐久間もふーちゃんも阻まれるのに、めめの蔓と俺の鋼は触れられた……電気信号の違い? いやでも、前に阿部ちゃんが、人間と同じように植物にも電気信号が発生するって言ってた。じゃあ、なんだ?」
よく、夕星を観察する。
瞬間移動で正面や斜め上から現れた佐久間と、体が大きいふーちゃんには対応している。けれど、床から生える蔓と、見えない位置から投げられたクナイには反応しきれなかったのだとしたら。
💜「見えてるものしか防げない。だったら。佐久間!」
声を投げかけると、察した目黒が夕星に波状攻撃を仕掛けていて、その間に観客席で合流すると耳打ちをする。
🩷「……ほうほう、なるほどな。その策、乗った!」
💜「頼んだぞ、佐久間」
🩷「任せとけって!」
手を出してハイタッチをかわし、佐久間が離れていく。
ふうっと息を吐き出して右手を上げると、夕星を取り囲むように無数の鋼の刃が出現した。
💜「いけー!」
腕を振り下ろした瞬間に全ての鋼の刃が夕星に向かって行った。
しかしそれはやはり、50センチほど離れたところに半円状の膜ができているかのように、そこより先に進めはしなかった。
「策もこれまでか」
勝ち誇ったような夕星。
💜「いんや?」
ニヤリと笑う深澤。
そのうちの一本、夕星の後頭部に位置する場所にあった鋼の刃の先端から一粒の粒子が出て来て、それは瞬時に佐久間の形を成すと、佐久間は渾身の力で夕星の後頭部に膝蹴りを繰り出した。
勢いに、前のめりに倒れ込む夕星。
🩷「おっしゃー! 一撃、入れてやったぜ!」
床に突っ伏している夕星と、軽い足取りで床に降り立つなり、右拳を高く突き上げた佐久間。
「な、何故だ……」
💜「んー。死角からの攻撃には反応しきれてなかったから、そこを突くしかないかなーって。俺の攻撃を止めて油断してたから、見事に決まったねー」
🖤「さすがふっかさん」
🩷「冴えてんなー」
💜「だろ。もっと言って、もっと言っちゃって!」
🩷「うざっ」
「はっ。あの短時間で見破ったのは誉めてやろう。だが、これだけではない。ここからが、本当の!」
ゆっくりと起き上がった夕星は未だ余裕の表情を浮かべていて、まだ何か隠し持っているのかと身構える三人。
だが。
「なん、だと……?」
突然、夕星の顔が怪訝そうに歪んだ。
「まさか、そんな……繋がりが、切れただと……?」
🩷「えっ、なに、どういうこと?」
🖤「繋がりって、阿部ちゃんの?」
「やってくれたな! 阿部亮平!」
暗い空間で片膝をついてしゃがみ込んでいる夕星を見下ろし、阿部は服についた埃を払っている。
夕星は肩で荒い息を繰り返しているのに対して、阿部は涼しい顔。
「まさか、このような能力を隠し持っているとはな……ますます欲しくなる」
💚「まだそんなこと言ってるの? そもそも、生贄を捜してどうするつもりだったわけ?」
「我の妃にするつもりだが?」
💚「はあ? じゃあ俺、全く関係ないじゃん!」
「仕方なかろう。そなたが強く共鳴したのだから」
💚「いや、そんな適当でいいわけ?」
「適当ではない。妃とはならずとも、我が手中に収めておきたかったがな」
💚「それもお断りです。まあ、もう繋がりは切れたからできないんだけどねー。あとはあなたを消滅させるだけ」
「ほう? できるのか? そなたに」
💚「バカにしないでよね。あなたと本体は繋がってるだけで別物でしょ? 現に、俺と佐久間達が同時にあなたの相手をしてる。つまり、切り離された存在としか考えられない」
だから、本体の許に佐久間達が向かっても焦る事なく、阿部から離れることもしなかったのだろう。
💚「それに、あなたと繋がってるからこそ、本体も余裕があった。恐らく、能力の共有でもしてたんでしょ。だから、繋がりが切れた今、きっと本体は焦ってると思うよ」
「……そこまで見通していたとはな」
💚「見通したんじゃない。見えてるんだよ、俺には」
「やはり素晴らしい。その能力があれば、最初から対処できていただろう? 何故しなかったのだ?」
真っすぐに見て問われ、阿部は悲し気に眉根を下げ、嘲笑のような笑みを浮かべた。
💚「この能力は一生隠すって決めてるから。今、ここにはあなたと二人きりだし、あなたをここで消滅させたら誰にも伝わることがない。だから使ったまで」
「あの者らにも隠すのか? 大切な仲間なのだろう?」
💚「そう。大切だからこそ隠すんだよ。この力は、誰にも知られちゃいけないんだ……絶対に」
ぎゅっと、胸の前で拳を握り締める。
これは決意だ。どんな事があっても隠し通すという、強い意志。
💚「じゃあ、終わらせるよ……さようなら、夕星」
阿部が手を前に出すと、夕星の姿は微粒子になり、空間に溶けるように消えていった。
目を閉じて追悼する。本来、消していいものなど何もない。けれど、そうしなければならない時もある。この仕事をしていると、命の選択に迫られる時がある。目の前の悪か、その他大勢の人か。大勢の人を救うためには悪を切り捨てなければならない。
それが、特務調査局の仕事なのだから。
けれどそれを当たり前にはしたくなくて、こうして追悼をすることにしている。自己満足だと言われてもいい。それでも、これだけは続けていこうと思う。
目を開けた瞬間、何かが切れたようにその場に座り込んだ。
💚「あ……ヤバい……」
体が熱い。火照っているというレベルではなく、まるで湯気でも出そうなほどの熱さだ。
💚「あー……熱暴走してる……やっちゃったー」
阿部が異能を使いすぎると起こる、ショートと熱暴走。それは電子という異能を持っている特性上、電子機器と同じような状態になってしまう。他の異能者と違い、疲労だけで済まないからこそ、異能の使い過ぎには注意するように言われているのだから。
座った状態から、ゴロンと床に倒れ込む。
もう、意識が朦朧としてきた。
💚「……照の説教……やだな……」
そう呟いて、阿部の意識がぶつりと途切れた。
阿部の名前を叫んだかと思うと、途端に取り乱し始めた夕星。一体、何が起こっているのかは分からなかったけれど、これはチャンスだと一気に攻撃を仕掛けた。
すると、それまでの強さがウソだったかのようにあっさりと倒す事ができてしまった。
ボコボコにされ、再び床に突っ伏した夕星の傍にしゃがんで見下ろす佐久間。
🩷「あれ、なに、もう終わり? ちょーよゆーじゃん」
💜「阿部ちゃんが何かしたっぽいね。俺らが助けに来た筈だったんだけどなー」
🖤「いいじゃないですか。阿部ちゃんが無事なら」
💜「そーね」
🩷「こいつこのまま警察?」
💜「まあ、そうだね。あちこちのプラネタリウムで変な噂流しちゃったわけだし、取り調べは受けてもらおうよ」
🩷「ついでに罰も受けて来なよ。阿部ちゃん怖がらせたこと、俺ら許してねえから」
🖤「なんならここでもっとやりたいくらいっすけど」
💜「これ以上は収集つかなくなるし、正当防衛の範囲外になるからやめとけ」
🖤「そう言いながら地味にそいつ蹴るのやめましょうよ。大人げない」
💜「俺だってなあ、許したくねえの!」
🩷「とりま、今度また阿部ちゃんになんかしたら、俺ら容赦しねえから、心に刻んどけよ」
普段ニコニコしているからあまり見る事のない佐久間のドスの効いた声と表情に、密かに目黒と深澤は抱き合って震えているのだった。
次に目が覚めた時は見慣れた休憩室の天井で、戻って来られたのだとホッと安堵する。
❤️「阿部」
聞こえてきた優しい声音にそちらに視線を向ければ、自分の手を握ってこちらを見つめている宮舘の姿があった。
💚「……今度は、舘様だ……」
はぁっ、はぁっ、と熱のせいで呼吸が荒くなる。
この間、川に入って倒れた時には渡辺がいてくれていたが、今日は宮舘が氷の異能で冷やしてくれている。
❤️「阿部の負担にならないようにゆっくり冷やしてるから、もうひと眠りしな」
💚「……でも、それじゃ、舘様が、疲れちゃう……」
❤️「大丈夫。俺は元気だよ。阿部の回復が遅れたら、その分、俺は疲れちゃうよ? いいの?」
💚「ふふっ……その言い方、ズルい……」
❤️「ズルくていいよ。阿部が大人しく寝てくれるのが一番」
💚「……舘様も……疲れたら、寝てね……」
❤️「分かった」
💚「……おや、すみ……」
ゆっくりと閉じられた目。
真っ赤に染まった顔は、それでも先ほどよりは幾分か穏やかだろうか。
今は何も考えずにゆっくり休んでほしい。
❤️「阿部、お疲れ様」
その声に応えるかのように、阿部の表情が和らいだ。
特務調査局の姫編 終
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