[魔法の夜]
涼架side
雨上がりの夕暮れ、僕はいつものように公園の茂みから、彼の姿を見つめていた。
若井はベンチに座り、イヤホンをしながらギターを弾いている。
指が弦をなぞるたびに、どこか切なくてそれでいて温かいメロディーが、僕の心に響く。
彼の隣には誰もいない。
その孤独な背中が僕の胸を締め付けた。
「あの人の、隣に行きたい」
そう強く願った瞬間、僕の背後の茂みがガサリと音を立てた。
振り返ると、そこに立っていたのは、いつか遠くで一度だけ会ったことがある奇妙な老人だった。
長い白い髭を蓄え、マントを羽織っている。
魔法使いだった。
「その望み、叶えてやろうか」
老人は、若井を見つめる涼架の眼を見て、静かにいった。
涼架は驚いて身構えるが、老人の瞳には悪意がなく、ただ深い慈悲が宿っているように見えた
「しかし、代償は大きい。最も大切な秘密
つまり、お前が猫であると言うことが、誰かにバレた瞬間、お前は元の姿に戻ってしまう」
「お前の一族は望めば人間になれるが…バレたら二度と人間に戻ることはできない。」
厳しい制約に、涼架は一瞬躊躇した。
しかし、再び若井の姿に目を向けると、彼の指が奏でるメロディーが寂しげな音色に変わった
僕は、もう一度、彼のそばに行きたいと願った
彼の孤独を埋めたいと願った。
「…それでも、お願いします」
涼架は、か細い声で答えた。
老人は静かに頷き、手にした杖を涼架の頭上に掲げた。
杖から放たれた光が、夜空にきらめく星のようだった。
僕の体は、温かい光に包まれた。
僕の視界はぼやけて、周囲の音が遠くなったかと思えば、はっきりと聞こえるようになっていた。
夜風の冷たさが肌を撫でる感覚、アスファルトの匂い、そして…ギターの音。
毛並みが、骨格が少しずつ形を変えていく。
「…にゃ、にゃあ……?」
思わず口から出そうになった言葉は、喉の奥で止まった。
自分の声が、以前とはまったく違う、人間の声に変わっている。
僕は恐る恐る、自分の両手を見た。
そこには、小さな肉球のついた前足ではなく、若井と同じ、五本の指のある手があった。
感動と戸惑いとほんの少しの恐怖。
そのとき、ふと左腕に視線が向かった。
そこに巻き付いていたのは、見覚えのある青いバンダナだった。
あの雨の日、彼が優しく巻いてくれた
あのバンダナだ。
次回予告
[一夜にして変わった世界]
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コメント
1件
バンダナ…!?若井に見られたらすぐ猫に戻っちゃう!