テラーノベル
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昼休み。こいつはいつも俺のデスクにコーヒーを置いていく。砂糖もミルクも俺の好みを完全に理解しているのか、程よい甘さになるよう入れてくれている。
「頑張りすぎるのも、よくあらへんからなぁ。」
ふにゃりとした笑顔を浮かべながら喋るこいつは、するりと入り込んでくるような柔らかいような、なんともいえない声をしている。
俺と話しているときはいつもこんな感じだが、俺以外と話しているときは同僚とか後輩、先輩でも関係無く、目付きが変わるのを知っている。他人から見ればそんなに大差無いだろうが、俺から見ればガラッと雰囲気が変わる。
しかし、俺は気付かないふりをする。これに口出しするのは良くない気がするから。
夜、駅の改札を出たところであいつが待っていた。逆光で顔がよく見えないが、名札に「犬塚 紗緒」と印刷されてあるからあいつで間違いないだろう。……?なにか様子がおかしい。
「今日、早めに帰るって言ってたよな。なにか用事あったんか?」
コツッ―
言葉は穏やか、でも靴音が近づくたびに有無を言わせない圧が伝わってくる。
コツッ、コツッ―
「……課長と話してたら思いのほか時間が掛かった。」
コツッ、コツッ、コツッ―
気付くと犬塚の手には俺のスマホが持たれてあった。
「確認するだけや。」
検索履歴、通話履歴、SNS、全部見ていく。無言で、最後まで。
最後まで見終わった頃、犬塚はホッとしたように表情を緩ませる。
「よかった、俺が知らん君が居るなんていややから……」
笑って言った。
ほんの少し、泣きそうな顔をしていた。
気の所為であって欲しいくらい、見るに堪えない痛々しい顔だった。
見るだけで胸がキュッと締め付けられるような、愛おしい顔だった。
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