テラーノベル
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楽屋を出て自販機に立ち寄った阿部は、フリースペースのパーテーションの隙間から岩本を見つけ、声をかけようとした。
しかし
「告って関係を進展させる、それしかねえだろ?」
突然耳に入ってきた言葉に、固まった。今の声は深澤だ。深澤が岩本に告白しろとはっぱをかけている。
阿部は気づかれないように後退りして、足早に楽屋に戻った。去り際に岩本の声で、誰にも渡したくない、みたいな言葉も聞こえた気がした。ペットボトルを握る手に力が籠る。
勢いよくドアを開けて楽屋に入ると、佐久間がおかえりーと振り向いて、びっくりしたような顔をした。
「なに、どうしたの、あべちゃん?」
心配される程に酷い顔をしているのか、と阿部は感情を隠しきれなかった自分を恥じた。
「何でもないよ、大丈夫」
一呼吸おいて、笑顔を作る。
「…そんなわけないじゃん。なんかあったんでしょ?」
佐久間の目は誤魔化せない。けれど何があったのかは、流石に言えなかった。自分にも言いたくないのだ、と理解した佐久間は、心配そうな戸惑いがちな視線を送ったが、それ以上は聞かなかった。
阿部は冷たい紅茶を一口飲んで、机に突っ伏した。
さっきの深澤と岩本の言葉が頭の中でリフレインする。
(……そうだよね。ひかるにだって好きな人くらいいるよね)
そりゃそうだよ、と自分に言い聞かせようとした。
それでも
(嫌だな…そんなの嫌だ…)
胸が締め付けられる。
岩本は別に阿部の所有物でも何でもない。誰を好きになろうと、岩本の勝手だ。分かっている。でも感情が言う事を訊かない。
ずっと阿部は岩本が好きだった。デビューするより前からずっと。それでもその気持ちを、表に出さないように気を付けていた。胸に秘めておこうと決めていたからだ。
岩本の側にいられるなら、今のままで良いと思っていた。そう割り切ってこれまで過ごしてきた…つもりだった。
けれど今、岩本が誰かの事を想っている、それを知って嫉妬心と欲が抑えきれない。
これまで無理やり蓋をして、押し殺していたものが、一気に溢れ出てきた。
知らなければ良かった。そうしたらこれまで通りだったのに。
「阿部ちゃん具合悪い?」
頭上からの声にハッと顔を上げると、深澤がいた。いつの間にか来ていたらしい。
泣くな
阿部は自分に言い聞かせ、奥歯を噛み締めた。
「ううん、大丈夫。ふっか、おはよ。ひかるも」
貼り付けた笑顔で対応する。
佐久間がまだ心配そうな顔をしていたが、程なくスタッフから呼ばれたため、それ以上追求される事もなかった。
(今日、ちゃんと笑えるかな)
そんな事を考えながら、阿部は収録スタジオへ入って行った。
収録後。
深澤、岩本、佐久間に阿部の4人は、帰路についていた。いつもなら岩本と喋りたがる阿部は、明らかに意気消沈していて、深澤岩本の2人の後ろを佐久間に気遣われながら、トボトボと歩いていた。
(好きって言えば良かったのかな…)
岩本の背中を見て思う。でももう言えない。彼には想う人がいる。言っても迷惑になるだけ。
(ホントは好きって言いたかった)
鼻の奥がツンとした。
(好きになって欲しかった…)
視界が歪む。
「……あべちゃん…」
佐久間の声に我にかえる。阿部はいつの間にか泣いていた。
「どうした」
「阿部?」
前を歩いていた2人が振り返り、驚く。阿部は涙を拭って笑おうとしたが、全然笑えなかった。
「あ…っれ、ごめ…なんか、つかれてっ…のかも」
涙が止まらない。言い訳も繋げない。
「帰る…っ…!」
嗚咽を堪えようとしながら、ようやくそれだけ言って、阿部はその場から逃走した。
「あべちゃん!」
佐久間が引き止めようとしたが、振り払って走った。涙を拭いながら。
今更になって、好きだと言う気持ちが肥大していく。
望みを叶えてくれるなら、神様でも悪魔でも構わない。
ただ岩本の全部が欲しかった。
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こう言う系めっちゃ好きです! 続き楽しみにしてます!🥰