テラーノベル
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日曜日、猫カフェに行くと、気になるモカちゃんが出迎えてくれた。
「お姉さんには懐いているみたいで。あともう一人だけお気に入りの男性がいるんですよ」
モカちゃんの背中に触れている私にスタッフさんが教えてくれた。
やっぱり癒される、フワフワの毛並みの子もいれば、ツルツルの子もいて。
自由に動き回る姿、時折<遊んで>と気ままに伝えてくる姿に感動する。
そういえば今日は、朝霧部長は来ないのかな。
わざわざ連絡まではしていないけれど。
ふとそんなことを考えていた時だ。
「芽衣さん、こんにちは」
うしろを振り返ると、朝霧部長が立っていた。
「こんにちは」
なぜか直視できなくて、正面を向き直す。
「一緒の席に座っても良いですか?」
「どうぞ」
この前は嫌で嫌で仕方がなかったのに、今は普通に受け容れることができる。
スタッフさんがドリンクを持ってきてくれたが「ああ、お兄さんも今日来てくれたんですね。モカが喜びます。お二人は、お知り合いだったんですか?」
まさか、モカちゃんが心を開いているもう一人の男性って、朝霧部長なんだろうか。
「はい、友人で仲良しなんです」
朝霧部長がスタッフさんに答えているけれど、仲良しって言っている。
そんなこと言っていいのかな。
「ネコ好き同士、話が合うって良いですね。ゆっくりお過ごしください」
さらっと会話を広げ、店員さんは戻って行った。
「やっぱり癒されますね。この空間は」
「はい」
部長のネコちゃんを見る目が穏やかだ。
「ああ、今日は芽衣さんの邪魔をしません。俺もタブレットを持ってきているんで。ただ芽衣さんの近くには居たいなって思って」
読書の邪魔はしませんと気を遣ってくれた。
「わかりました」
朝霧部長が近くにいるのは、今はなんとも思わない。というよりか、少し落ち着く。番犬がいてくれるみたい。
そんな妄想をしながら、読みかけの小説を読む。朝霧部長もタブレットを真剣に見つめていた。
小説を読みながら、近くに寄ってくるネコちゃんに触れる。
ああ、癒される。
その時、気になっているモカちゃんがヒザにすり寄ってきた。
「可愛い」
つい、声に出してしまったが、触ってもいいかな。
大丈夫そうだから、ちょっとだけ……。
手の甲で首回りを撫でると、気持ちよさそうに上を向いてくれた。
「ハハっ」
あまり触らせてくれない子だから、嬉しくて口角が上がる。
しばらく撫でられたあと、モカちゃんはゆっくりとネコちゃんが隠れられるドームに入っていった。
「芽衣さん」
モカちゃんを見守っていたら、朝霧部長に呼ばれハッと我に返る。
「はい?」
一人でニタニタしていて、気持ち悪いって思われたかな。
「モカちゃんも可愛かったんですが、芽衣さんの笑ってる顔、近くで見れて良かったです。尊いです」
朝霧部長の顔、なぜか赤い。
そんなこと言われても困る。
「それはどうも」
どうせ否定しても言い返してくるだろうから。
だけど部長から言われた言葉、ちょっぴり嬉しく感じてしまう。
「私、そろそろ帰りますけど、朝霧部長はどうするんですか?」
夕方になり、そろそろ帰宅しようと隣にいる部長に声をかけた。
「俺も帰ります」
二人で退店をする。
「明日、会社で」
別れ際、部長に挨拶をすると
「……。はい、また明日」
少し間があった気がするが、手を振り別れた。
明日からまた会社か。
この前の金曜日、酷いことをされて、本当なら行きたくないって思っちゃうんだろうけど、朝霧部長が居てくれると思うと心強いな。
帰宅し、ベッドの上でそんなこをを思う。
次の日――。
出勤したが、変わらない風景だ。
葉山さんも絡んでくることはない。
朝霧部長はすでに部長席に座っていた。
引継ぎが終わったらしく、もう前の部長はいない。完全に他部署に異動になったみたいだ。
はぁ、良かった。
あの部長、苦手だったんだよな。
理不尽な理由で怒られたこと、何度も経験した。
朝霧部長はきっと公平に仕事を見てくれるだろうし、仕事がしやすくなるといいな。
何事もなく、帰宅をしようとした時
「和倉さん」
一つ上の先輩に声をかけられた。
「はい」
なんだろう。
「申し訳ないんだけど、社内でこの間答えてもらったアンケートの集計結果が終わらなくて。明日までの報告なんだけど、今日用事があって。代わりに残業をして、打ち込んでくれないかな。十名くらいなんだけど」
私は特に用事もない、十名くらいなら別にいいか。
「わかりました」
「ありがとう、助かるよ。今日、彼女と約束をしていて」
「えっ」
用事って彼女との約束?
このアンケートって結構前に調査したものなのに。 どうして終わらなかったんだろう。
だけど<早く終わらせれば良かったのに>なんて言えるわけがない。
先輩は
「じゃあ、これ。アンケート用紙」
パッと机の上に置かれたが、これって十名くらいの量ではない。
「あの、これ。本当に十名くらいなんです……」
「ごめんね。何かお礼するから。お願いします」
人数の確認をしようとしたが、逃げるように先輩は帰ってしまった。
「えっと」
アンケートの枚数を数えてみる。
「ウソじゃん。三十人分はある」
誰もいないから呟いてしまった。
「はぁ」
ため息がこぼれる。
どうしてこんな平気なウソをつけるんだろう。
やるしかないか。
人の幸せのために、協力することは良いことなんだろうけれど、今回のことは違うと思う。
アンケート用紙を見ながら、パソコンに向かった時――。
「和倉さん?」
その声
「朝霧部長?」
声の方向を見ると、朝霧部長が立っていた。
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続き楽しみにしてます🫶