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「今日は午後から外出で、直帰ではありませんでしたか?」
「その予定だったんですが。デスクに忘れ物をしてしまって。和倉さんはどうしたんですか?」
「えっと。アンケートの入力を頼まれて。それで……」
部長にこんなことを言ったらまた心配されるかも。
上手く説明しようと頭を回転させたが
「これは、細田さんの仕事ですね。まだこんなに残っているんですか。明日までの提出だったはず」
すごい、朝霧部長。
アンケートを見ただけで誰のどんな仕事なのか覚えているんだ。
「俺も手伝います。本当は細田さんにやってもらうのが一番なんですが。明日の締め切りだったはずです。他部署にまで迷惑をかけられませんから」
「いえ。これは私が頼まれたので。部長は疲れていると思うんで、帰ってください」
異動したばかりで慣れない環境なのに、毎日残業させるわけにもいかない。
簡単な入力作業なんだから、私にもできる。
「俺も手伝います。二人でやれば早いでしょうから」
「でも……」
私が拒んでいると
「俺は芽衣さんと二人きりになれて、実は嬉しいんです」
朝霧部長が私の耳元でボソッと呟いた。
声の響きが耳に残り、ドキッとする。
ニコニコ笑っている部長には
「すみません。お願いします」
素直に頼むしかない。
淡々と二人で作業を続け、予想以上に早く終わった。というか、部長の処理脳力が早くて。
仕事ができる人って、こういう人のことを言うんだろうな。尊敬する。
「お疲れさまでした。月曜日から残業だったので、明日は無理しないでくださいね」
部長と会社のエントランスまで一緒に帰る。
昨日会ったばかりなのに。
もっと部長と一緒にいたいと思ってしまう。
「部長!」
私のことを見送ってくれようとする部長に、つい勢いよく声をかけてしまった。
「はい」
どうしましたか?と部長は首を傾けている。
「良かったら、夕ご飯一緒に食べませんか?お礼がしたいんです」
自分から誘うなんて。
誘っておいて、心臓がドキドキしている。
今日は月曜日、明日は仕事なのに、私、こんなことを言って迷惑をかけちゃった。
「ごめんなさ」
誘っておいて謝ろうとしたが
「本当ですか?嬉しいです。実は俺も誘いたかったんですけど。芽衣さん、一人で居た方が気が楽かなって思って。芽衣さんから誘ってくれるなんて、感動です」
ハハっと部長は子どものように笑っている。
ほっとしたけれど、咄嗟に誘ったことだから、どこに行こうかなんて考えてもいなかった。
「ええっと。あの、良かったらまたハンバーグ作りましょうか?」
外食の良い場所なんて浮かばなくて、部長が喜んでくれた私が作ったハンバーグしか提案できない。
「ええっ!良いんですか!嬉しいです」
喜ぶ彼を見て、ホッとする。
ああ、でも、冷蔵庫の中にハンバーグの材料がないかも。
こんなことになるなんて思っていなかった。
「部長、申し訳ないんですが、スーパーに寄ってもいいですか?材料がなくて。誘っておいて、すみません」
「もちろんです。芽衣さんとスーパーとか、楽しそうです」
部長は車に乗ってくださいと言ってくれた。
私の住んでいるアパート近くのスーパーに寄ってもらい、二人で店内を歩く。何度も来ているスーパーだから、商品がどこにあるのかすぐわかる。早く買って、帰って作らなきゃ。
「芽衣さん、カゴ持ちますよ」
「えっ」
部長は買い物カゴをひょいっと持ってくれた。
「あの、でも、お礼をするためなのに……」
「いや、俺が持ちたいんです。自炊はほとんどしないので、スーパーでの買い物ってなんだか新鮮で」
部長は普段はどんな食生活をしているんだろう。私に気を遣ってくれていることはわかったが、甘えることにした。
「そういえば、朝霧部長は嫌いな食べ物はありますか?」
「俺ですか。特にないかも、あ、ちょっとナスが苦手かもしれないです。食感がどうも」
そうなんだ。
「わかりました。覚えておきます」
必要なものだけ購入して、レジへ向かう。
お財布を出そうとしたが――。
「ええっ。部長!」
部長がセルフレジの画面をタップし、自分のスマホのQRコードを読み取らせた。
私が結局支払ってもらっちゃったら、意味がない。
私がアタフタしていると
「良いんです。お金には困ってませんから」
ニコッと笑い、サッと荷物を持ってくれた。
お金には困っていなくても。
荷物を持ってくれたり、お金を払ってくれたり、これって普通なの?
お父さんは、お母さんの荷物なんて持たなかった。見たことがない。
私も荷物なんて持ってもらったことがないし、会社でも重い資料とかを運ぶ時、誰も手伝ってはくれなかった。
葉山さんだったら上手く男性社員に頼んでいたけれど、私にはできない。
部長のうしろ姿がとてもカッコ良く見えてしまう。