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#婚約破棄
霞花怜
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翔が去った後の廊下には、重苦しい沈黙が漂っていた。
柊吾は自分の震える指先を隠すように甚平の袖を握りしめ、隣を歩く瑞樹の横顔を盗み見る。瑞樹はいつもの穏やかな表情に戻っていたが、その瞳の奥には、まだ翔への冷ややかな拒絶が澱のように沈んでいる気がした。
「……すみません。せっかくのデートなのに、あんな男のせいで水を差してしまって」
柊吾が申し訳なさそうに眉を下げ、消え入るような声で漏らす。
『デート』という単語が自分の口から出た照れくささもあったが、何より瑞樹に嫌な思いをさせてしまった申し訳なさで胸が痛かった。
「柊吾さんが謝る必要なんて、どこにもありませんよ」
瑞樹は足を止めると、柊吾の表情を覗き込むようにして柔らかな笑みを浮かべた。
「……でも……」
「そうですね。気にするなと言われても、すぐには難しいですよね。……よろしければ、今日はお祭りにいくのは止めておきますか?」
「へっ!? い、嫌ですっ! 僕ならもう大丈夫ですから……っ! だから……帰るなんて寂しいこと、言わないでください……っ」
瑞樹の隣から引き離されるのが怖くて、柊吾は咄嗟に彼の浴衣の袖をぎゅっと掴みあげた。
『寂しい』という言葉が自分の口から飛び出したことに後から気づき、一気に顔が熱くなっていく。視線を泳がせる柊吾を、瑞樹は愛おしさを噛み締めるような、どこか深みのある眼差しで見つめていた。
「ふふ、ごめんなさい。意地悪を言いました。……柊吾さんがそう言ってくれて嬉しいです」
瑞樹は優しく微笑むと、袖を掴んでいた柊吾の手をそっと包み込み、そのまま自分のポケットへと導いた。
「さあ、行きましょうか。嫌なことは全部、お祭りの喧騒の中に置いていきましょう」
「……はい」
ポケットの中で重なる瑞樹の手は、驚くほど温かい。指先からじわじわと伝わる体温に包まれているうちに、先ほどまでの恐怖や緊張が少しずつほぐれていくのを感じる。
住宅街を抜け、河川敷へ近づくにつれて周りの景色は色鮮やかに変化していった。
浴衣姿の家族連れやカップルの姿が増え、どこからか香ばしいソースや醤油の匂いが漂いはじめる。遠くから響く太鼓の音と賑やかなざわめきが、夕暮れの空に溶け込んでいった。
その賑わいの中にすっかり身を置いたところで、柊吾は自分の中の暗い感情を払うように、意図して明るい声を張り上げる。
「……よし! せっかくのお祭りなんですから、嫌なことは全部忘れてパーッとやりましょう! 僕、今日はお腹いっぱい食べるって決めてたんです!」
瑞樹の顔を覗き込み、無理に作った笑顔を向けた。翔に投げつけられた罵倒も、母を侮辱された怒りも、今は心の奥底に押し込める。せっかく瑞樹が作ってくれた、二人きりの時間なのだから。
「ふふ、そうですね。柊吾さんがそう言うなら、俺も全力でお付き合いしますよ」
瑞樹は柊吾の意図をすべて汲み取ったような、どこまでも優しい眼差しで頷いてくれた。
「まずは……あそこ! イカ焼き買いましょう! あ! かき氷もいいな」
瑞樹の手を引き、立ち並ぶ屋台の列へと飛び込んでいく。
鉄板の上で弾ける醤油の香ばしい匂いに、空腹が激しく刺激された。人混みを縫うように歩く柊吾の腰へ、瑞樹の手が自然に添えられる。
コメント
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うわあ、翔が出てきた瞬間の空気の重さがすごかった……でも柊吾が「デート」って口にした照れくさそうな感じとか、思わず瑞樹の袖を掴んじゃうところとか、本当に可愛くて感情が忙しかったです。ポケットの中で手を温めてくれる瑞樹の優しさが染みるし、お祭りの喧騒に飛び込んで無理やり気持ちを切り替えようとする柊吾の健気さに胸がぎゅっとなりました。腰に手を添える瑞樹のさりげない執着もたまらないですね……!