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「クッソがあああ、死ねえええ【亡者もうじゃ】どもおおお!」

「たすけっ、誰かっ、キルされたくないよおお」


白い草原を幽鬼のように歩くゾンビ。

それらに喰われる初心者転生者プレイヤーたち。

大草原は総じて育ちが良く、成人男性の腰にも及ぶ高さだ。だからなのか、人々が真っ白な黄泉の国へと引きずられていくように見える。


「なあメル」

「なに、お兄」


「どうしてみんな……あんなに必死なんだ?」

「ん、死んだら、ここで稼いだ仮想金貨もパーだから?」


「うわ……リアルマネーが吹き飛ぶのと同じかあ」

「それだけじゃない。金貨は武器やアイテムの購入、Lvアップ、スキル習得、記憶力アップ、ぜんぶに必要」



全ては金貨次第ってわけだ。

それならプレイヤーたちが熱中し、本気になるのも頷けた。


「なるほど……シビアなデスペナだ」

「うん。でも私、Lv12まで死んでない。すごい?」


「ああ、すごい。というか、死にゲーですぐに他キャラに転生するから転生人ってやつなのか」

「ん、育てたキャラのLv、半分以下になって転生」


「……鬼畜すぎるよ?」

「過酷な世界。人間の生活圏はごくわずか。ほとんどは魔物たちが跋扈する滅びの地」


「あー……人間たちが生を営める場所を【黄金領域】と呼び、【黄金の女神リンネ】の加護を得た転生人プレイヤーたちは、日々【黄金領域】の拡大を目指している、ね。今チュートリアル用のログが表示された。」


そんな【黄金領域】の中でも五大黄金領域と呼ばれる場所がある。

人々に残された最後の五大都市、いわゆるゲームの初期エリアで、【黄金郷リンネ】、【剣闘市オールドナイン】、【創造の地平船ガリレオ】、【世界樹の試験管リュンクス】、【古き箱庭ミケランジェロ】の五つらしい。


どれも個性的な黄金領域っぽいので、早くこの目で見てみたい。

初期都市の周辺フィールドですら、【白き千剣の大葬原だいそうげん】なんて壮大すぎる世界観なので、これは多くの人々が引き込まれるのも頷ける。


どっぷりハマったら仕事に支障が出そうなほど、久々にやりごたえのあるゲームに出会えた気がする。

とはいえ、魔物たちのデザインがちょっとリアルすぎる気もする。


「よ、よーっし。じゃあさっそく【剣闘市オールドナイン】を目指す」

「お兄、ビクビクしてる」


「いや、だって……予想以上に魔物がリアルっていうか……迫力がやばい」

「怖がるお兄も可愛い」


くっ。

一回り以上も離れた妹にそんな風に言われるのは……兄としてこそばゆい、というか恥ずかしい。

しかもメルはLv12で、この光景にも慣れているようで余裕綽々しゃくしゃくだ。


「お兄、背の高い草、危険。【亡者】が地面から出てくる」

「なるほど……ちゃんと攻略法があるんだ」


たしかによく見ると、【亡者】にやられている転生人プレイヤーたちは決まって草が良く伸びている場所ばかりだ。

【亡者】は決して動きが速いわけではないし、むしろ人間より緩慢に見える。それでも、徘徊する【亡者】の攻撃に加えて、地面から飛び出す【亡者】に足や腰を掴まれれば、転生人プレイヤーは一気に形勢が不利になるのだろう。



「お兄、戦う? 仕事のストレス、ぶちまける?」


メルは終始無表情だけど、やっぱり僕に息抜きをしてほしいようだ。

僕は妹の提案に頷き、背の低い草場にいる二体の【亡者】を指さす。


「一体は私がキルする」


メルはそう宣言すると、腰につけた筆に水色の絵具を素早くつけた。

それから虚空に水流のような……槍を描いた。


「青い、青い、大きな、槍————【水色の槍アクア・ランス】」


メルの絵が描き終われば、それはハッキリと槍となり、ひとりでに【亡者】へと飛翔してゆく。

その勢いはすさまじく、【亡者】の胸に突き刺さり一発で動きを停止させた。

さすがはLv12だ。


それなら次は僕の番だ。

僕は気分だけでも攻撃の威力を高めたくて、全力でダッシュする。

ぐんぐんと【亡者】に近づけば、そのこそげ落ちた頬肉とか、ボロボロの服とか、ビジュアル的に怖いものが迫ってくるけど、それよりも——



「なんだ、これっ……全力疾走、きもちい」


頬を打つ夜気も、瞬く間に流れる景色も、ちょっと爽快だ。


そういえばいつ以来だろう。

仕事に追われて家に帰宅するだけの毎日を過ごすうちに、こんな風に全速力で駆け抜けるなんて何年もしてなかった。

僕は一瞬で【亡者】との距離を縮め、そのまま右腕を大きく振りかぶった。


「よーっし! 兄貴パーンチッ!」


僕の拳は身長が小さいせいで、【亡者】の顎をとらえることはできなかった。しかし、【亡者】の腹部に打ち込んだ拳に確かな手ごたえを感じる。

そして僕の直感は正しく、グシャアアアっと肉がはじけ飛ぶ音とともに、【亡者】の上半身は吹き飛んで爆散した。



「え……お兄、Lv1の筋力ステータスじゃない……」



メルは無表情ながらも、驚いたように小さく口を開けていた。

しかし、僕は【亡者】を倒した瞬間に流れたログを見て、妹以上に驚いてしまう。


:スキル【不殺の魔王】の効果で、魔物を倒しても仮想金貨を入手できません:

:【ヒント】幼い魔王は青春を謳歌・・・・・して成長してください:


魔物を倒しても金貨がドロップしない……!?

青春ってなんだそれ!?

『不殺』だから平和にいけってこと!?

いやいや、完全にハズレ身分だよね!?

これじゃあレベルアップも何もできないよ!?



「あー……メル……戦闘はもういいや……」


魔物を倒しても無意味なら、無用な争いは避けたい。

しかしどうする?

いっそのことわざとキルされて、他のキャラに転生するべきか?


いや、もう深夜0時を回ってるし、今からキャラの作り直しは芽瑠の負担になる。中学生の妹にあまり夜遅くまで仕事ゲームをしてほしくない。


「とりあえず今夜は【剣闘市オールドナイン】の目指そう。そしてもうすぐ寝よう」

「うん、お兄がそう言うなら」


というわけで、僕はなるべく【亡者】と遭遇しないように白い大草原を進む。

コツコツと背の高い草を慎重に避けながら、それでいてなるべく早くだ。



「ねね、おにい

「ん、どした?」


ふとメルが僕に話しかけてくる。


「コツコツと、足元ばっかり見るのもいい。けど————」


普段から微動だにしないメルの顔に、ふわっと柔らかな笑みが咲く。



「少し、上見て、歩く。流れ星、見逃しちゃう」


今日の妹は、色々な顔をするなと思う。

ゲームのシステムが感情の機微を感知しやすいからなのか、それともメルが純粋に楽しいからなのかは定かではない。

でも嬉しそうな声音を聞くに、目の前の表情はきっとメルの気持ちを代弁しているのだろう。


そしてそれは僕も同じだった。



「……綺麗な星空だ」



【亡者】たちが周囲をうろつく真っ白な平原で見上げる星空に、僕は少しだけ感動していた。

東京の明るく濁った夜空じゃ、こんなに綺麗な星空は見れない。


「ね、こっち、来て。眺めいい」


メルに誘導されたのは、ひどく斜めに突き立った巨剣だ。

僕とメルはそこを慎重に上り、ちょうどつかのあたりで立ち止まる。

色そのものを失ってしまったかのような大草原に星明りが落ちれば、夜風に波打つ草葉が銀光に煌めく。

そしてまばらにそそり立つ塔のような剣は、巨大な墓標みたいに見えた。


「……メル。この剣って何だろう?」

「みんな、【塔剣とうけん】って呼んでる。たまに空から降って来る」


「空から……? どうして?」

「不明。天上で神々が戦争してる、噂ある」


なんだか壮大で、寂寥感に溢れているなあ。

というか本当にいつぶりだろう。

こんなに静かな気持ちで星空を見上げたのは。


:幼き魔王は大切な人と星空を見上げました:

:【青春×星空と共に】を経験したので、exスキル星魔法『星に願いを』を習得しました:



ん……?

なんか新スキルを覚えた?

あっ、もしかしてこの身分って敵を倒して成長するとかじゃなくて、様々な経験を積むとスキルがアンロックされたり、レベルが上昇するのか?

もしかして無茶苦茶おもしろい身分だったりするかも?

それに新スキル『星に願いを』の効果は……なになに、発動条件が『天候:星空』で、『流れ星を生む』か。



「お兄……前、言った。コツコツと足元を固める、大切。でもたまには上を見て、手を伸ばす。願いごとを見つけろって」

「ああ、そうだね」


とある事情で学校に行けなくなった妹は。

今までコツコツ勉強してきた意味がなくなったと嘆いていた。

そして学校に行けない自分を責め、静かに涙をこぼしていた。


そんな芽瑠めるに少しでも元気を出してほしくて、メルの好きなものを見つけてほしくて……俯いてばかりの日々より、楽しいことに目を向けてほしいと願っていた頃。

確かに僕はそんなことを言った。


ああ、これはあれだ。

メルなりに僕を励まそうとしてるんだろうな。


「もし私がダメでも、お兄がどうにかしてやるって、言ってくれた。だから、私……前に踏み出せた」


メルはきっと『よめるめる』として、漫画家として上を目指してこれたきっかけの話をしている。


「だから今の私、る」


全く僕には出来すぎた妹だ。

メルがコツコツ頑張ったから『よめるめる』は成功したのに、まるで僕のおかげでもある、なんて言ってくれる。


「胸張って、上を見て……お兄は、私のお兄なんだから」

「……元気づけてくれてありがとう」

「もしお兄がダメでも、私がお兄をやしなう、大丈夫」



労働にまみれた毎日も、元カノにフラれた絶望も。

僕の感情を押しつぶして、薄めて、こごえさせる。

『初めから何かを期待しなければ、望まなければ、落胆しないで済む』って。

でもメルのおかげで、そんな風にこごえてしまった心を、温かく溶かしてくれるような、そんな幸せな気分になった。


「よし、それじゃあ、流れ星に願いごとでもしてみよう」

「ここの星空、流れ星、なかなか見れない」


「ふふふ。願い事を自分で見つけて叶えるように、流れ星も自分で作れちゃうらしい」

「そうなの?」


僕は妹の問いに応えるべく、星魔法『星に願いを』を発動してみた。

ついでに何か願っておこうか。

えーっと、そうだ。

お金がたくさん手に入りますようにっと。


:『星に願いを』……リキャストタイム720時間:


ん、リキャストタイムが30日?

次に発動できるのは30日後ってこと?

ずいぶん長いけどまあいっか。

ちょくちょく簡単に流れ星を見れたら、流れ星のありがたさも減っちゃうし。

そんな風にのんびりと、満点の星空を眺めながら流れ星を待つ。

すると数秒後にはキラリと瞬く星が現れた。


「ん、お兄。あれ」


「ほらな? 言った通り————」


夜空に一筋の光が、長い長い軌跡を描いていく。

それは一瞬の煌めきなんかではなくて、ものすごく美しい流れ星だった。


「ん、待て。こっちに来てる!?」


「隕石、到来」


「いや、ちょっ」


まさかの流れ星は、僕らのいる【白き千剣の大葬原だいそうげん】に落ちてしまった。

正確には僕らの前方で、物凄い轟音とえげつない衝撃が周囲に波及してゆく。


視界いっぱいに激しい明滅が広がり、多くの転生人プレイヤーと【亡者】が一瞬にして隕石の衝突に巻き込まれてしまった。

僕とメルはその大惨事をただただ唖然と見つめるしかできない。

そして何より驚いたのは無数のログだ。


転生人プレイヤー達也Lv3をキル……金貨56枚を獲得:

転生人プレイヤージョージLv10をキル……金貨620枚を獲得:

転生人プレイヤー政宗Lv3をキル……金貨31枚を獲得:

転生人プレイヤーなこねこLv5をキル……金貨102枚を獲得:

転生人プレイヤーナリヤLv14をキル……金貨1100枚を獲得:

:…………:

:……:

:合計 567名の転生人プレイヤーをキルしました:


うわあ。

不殺の魔王なのに……ぜんっぜん殺してるよおおお!?


:合計 金貨26万枚を獲得しました:


うわあ。

金貨26万枚って、リアルマネーに換金したら26万円だよね?


この一瞬で、月収の手取り分を稼いだ!?

もしかして、もしかしなくとも【身分/不殺の幼女魔王】は魔物をキルしても金貨は手に入らないけど、PKなら金貨を手に入れられる!?


「私たち生きてる、ラッキー」

「うん、まあ。うん」


もちろん僕が発動した魔法だから、メルや僕に当たらないように隕石が落ちるのは当たり前だけど……いや、当たり前だよね?

偶然とかラッキーだからとかではないよね?


「何かの突発イベント? 危険? ログアウトした方がいい?」

「あ、あのーメル。このゲームってPKすると仮想金貨って奪えたりする?」

「できない。PvP専用コンテンツ、剣闘場コロシアムなら別」


あー……無差別に転生人プレイヤーから金貨をむしろとれるなんて知られたら、やばいことになるんじゃないだろうか?


「ふう、メル。今日のところは色々危険だから、この辺でやめておくか」

「この突発イベント、気になる。冒険したい。けど、死にたくない。把握」


「うん。今日はありがとね、メル」

「どいたまして」


そんなわけで僕はログアウトし、VRメガネを取ってすぐに仮想金貨を現金化する手続きをしてみる。

すると僕の銀行残高に、確かに現金26万円が追加されていた。



「うわああやったああああああああああああぁぁぁぁぁ……ぁぁあ?」


んんん。

なんか声が変?

ものすごく高くて透き通ってる?

そして今更ながらに、スマホをいじる僕の指が……異様に細くて、手が小さくて、スマホが持ちづらい!?


あれっ、立ってるのに! いつもより圧倒的に解放感があるというか……天井が高くなってる!?

ふあああああ、なんだこれ!?



「ぼく、小さくなった……?」


慌てて洗面所に行って鏡を覗くと、そこには信じられないものが映っていた。

銀髪紅眼の可愛らしすぎる幼女が、ゲームのキャラと寸分違わぬ容姿の美少女が驚愕の眼差しとこちらを見つめている。


「うわあ……僕が幼女魔王……なんで?」


TS社畜は幼女魔王にジョブチェンジ~魔物にちやほやされてたら、なぜかプレイヤーも信者になってた~

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