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「この写真、リビングのここへ飾りたいです。いいですよね?」
くるみが、A4サイズくらいの額縁を手に、実篤を振り返って。
実篤は「えっ。それをそんなに目立つところに飾るん⁉︎ 別のにせん⁉︎」とソワソワした。
「だって、この実篤さん、凄くかっこええですもんっ。これがええです」
額縁の中には、黒紋付羽織袴姿の実篤ともに、白無垢に綿帽子姿の愛らしいくるみの姿。
半年ばかり前。
十月にした結婚式の前撮りのとき、錦帯橋で撮った写真だ。
アーチのてっぺんへ立った二人の背後に、城山に建つ山城――岩国城も小さく写っていた。
式の時にも神前式で、同じく和装を参列者の前で披露した二人だったのだが、妹の鏡花から後日、「くるみちゃんは清楚ですっごく綺麗じゃのにお兄ちゃんは極道の人みたいじゃったわぁー!」と、滅茶苦茶笑われたのを覚えている。
それで実篤は眉根を寄せたのだけれど。
くるみはそんなのお構いなしといった様子で、鼻歌まじりに和装姿の写真を壁に掲げては「この辺がええかなぁ」とかしきりにつぶやいている。
そんなくるみの様子に実篤が言葉に詰まっていたら、
「あっ。もちろんこっちのふたつも一緒に飾りますけぇ安心してくださいね?」
くるっと振り返ったくるみが、にっこり笑って別のパネルを掲げて見せる。
くるみの手には、同じような額縁入りの写真がもう二枚あって。
一枚目はプリンセスラインが美しい純白のウェディングドレスを着たお姫様みたいなくるみの横。ネイビーブルーのモーニングに身を包んだ実篤が眉間に皺を寄せてガチガチに緊張してこちらを睨んでいるように見える写真。
もう一枚はお色直しで着た、桜色のベルラインカラードレス姿でふんわり微笑むくるみと一緒に、黒いタキシード姿の実篤が隣の花嫁にうっとりと見惚れて目尻を下げている写真だったのだけれど。
どちらも鏡花から散々「お兄ちゃん、ホンマ、任侠映画に出れそうじゃったよ!?」とか「美女と野獣の実写版が出来そうで驚いたけん」と揶揄われまくった衣装だ。
無論、くるみに関しては誰も彼もが手放しで可愛い、綺麗……と褒めまくりだったのは言うまでもない。
「額に入れられそうなサイズの写真、俺がおらんのも何枚かあったと思うんじゃけど」
花嫁だけを撮ってもらった写真だって、実篤の独断と偏見でたくさん引き伸ばしたはずなのだ。
飾るなら断然そちらの方が華やかでええじゃろ、と思った実篤だったのだが。
「何バカなこと言うちょるんですか。うちだけの写真飾っても仕方がない思いません? 誰がなんと言おうと、うちは実篤さんと一緒に写っちょる写真がええんです! 実篤さんがおらん写真なんか飾っちょっても、お友達やら呼んだ時にうちの旦那さんカッコええじゃろ?って自慢出来んけぇ嫌です!」
「いや、だけど」
誰が見たって鏡花が言った通り、美女と野獣の写真よ?という言葉を、実篤は寸でのところで何とか飲み込んだ。
そんなことを言おうものなら、くるみに悲しい顔をさせてしまうのが目に見えていたからだ。
今、実篤はくるみに極力負担をかけたくない。
何故なら――。
「ねぇくるみ、さっきからずっとゴソゴソしちょるけど身体、大丈夫なん? つらくない?」
数日前まで何もしていなくても真っ青な顔をして横になっていることが多かったくるみが、新居へ移ってきた初日だからだろうか。
やたらハイテンションにチョロチョロと動き回っているのが不安でたまらない実篤だ。
引っ越し自体は体調がかんばしくなかったくるみの負担を減らしたくて業者に頼んでほぼ済ませてあったし、荷解きもあらかた実篤が終わらせていた。
それでも細々としたものはやはりくるみも手出しがしたいようで、今みたいにリビングへ飾るパネル選びに余念がないのだ。
三月三十一日――。
たまたま大安吉日だった今日は水曜日で、実篤が休みの日だったから。
三月十九日に引き渡しのあった新居へ、いよいよこの日から本格的に拠点を移そうということで、くるみを連れてきたのだけれど。
くだんのようにくるみがやたらとテンション高めではしゃぐから。実篤はそれが心配でたまらないのだ。
「え? 大丈夫ですよ。このところ気持ち悪いんもなくなって食欲も戻ってきましたけん。うち、絶好調です」
そこでこぶしを振り上げるようにして元気、元気とニコッと笑うと、
「先の健診でもおチビちゃん、順調にすくすく育っちょるって病院の先生も太鼓判押してくれたじゃないですか。――お忘れですか?」
言いながら、くるみがほんの少し目立ち始めたお腹を愛しそうにすりすりと撫でる。
「むしろ動ける時は動いた方が安産にも繋がる言われたん、実篤さんも一緒に聞きましたいね?」
大きな目でじっと見詰められた実篤は、「それはそうなんじゃけど」と小さく吐息を落とした。
今、くるみは妊娠五ヶ月目の、いわゆる妊娠中期。
前述のように少し前までつわりに苦しんでいたけれど、数日前から症状が改善されて調子がいいらしい。
胎動も感じられるようになって、実篤にもよく「あ! いま動いちょります」と触らせてくれる。
***
「実篤さん、壁に穴開けるんはやっぱり忍びないですけぇ、パネルはこのローチェストの上に並べるんでもええでしょうか?」
散々壁にアレコレ試してみたくるみだったけれど、結局はそういう結論に達したらしい。
リビングへ作り付けられたローチェスト上にパネルを並べてから実篤を振り返った。
「ねぇ実篤さん。そう言えばこのローチェストの木材、うちの実家を取り壊した時に出た廃材を利用しちょるんでしたいね? 表面が綺麗に削られちょるけん全然古い木を使うちょるようには見えんですけど……何かそれを知っちょると、こうやって触れただけで気持ちがほこほこと温こぉーなる気がします。わざわざうちのために気ぃ遣ぉてもろぉーて、ホンマに有難うございます」
言いながらくるみがうるりと瞳を潤ませるのに小さくうなずきながら、実篤はパントリーに仕組んだアレをくるみに見せるのは『今だ』と思った。
「ところでくるみ。写真のことはひとまず後にして、ちょっとこっちに来ん? 俺、キミに見せたいもんがあるんよ」
ちょいちょいとアイランドキッチンに手をついた姿勢で、リビングのくるみへ手招きをする。
くるみは実篤の招きにキョトンとした顔をしてから、ちょっと迷って。
手にしていた三枚のパネルを作り付けのローチェストの上へ落ちないよう丁寧に伏せて置いた。