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「見せたいもんってなぁーん?」


そうしてから、こちらへゆっくりと近付いてくるくるみの、気持ち膨らんだお腹を見て、実篤さねあつは(これをくるみちゃんへ見せてあげるん、随分おそぉなってしもうたな)と一人反省した。


本当は御庄みしょうの家を解体した時――いや、解体すると決めた時、リビングのローチェストへの廃材利用同様、このこともくるみに打ち明けるべきだったのかも知れない。


だが、実篤はどうしてもこちらに関しては〝ちゃんと形にしてから〟くるみに見せたかったのだ。


もしうまくいかなかったら、くるみを変に悲しませることになるかも知れなかったし、それだけはどうしても避けたかったから。



***



「ほら、設計するときに話したじゃん? パントリーのこと」


「はい。うちとのんが出来ちょるって……業者さんから聞かされました」


くるみはリビングのローチェスト同様、パントリー内に設置予定の作り付け棚の図面も見せてもらっていた。

棚の高さなどについても、手直しして欲しいところにはその都度図面上でちょいちょい口出しもさせてもらった。


実家の廃材が再利用されたローチェストのあるリビングのことが気になり過ぎて、正直パントリーについては気持ち後ろの方へ興味関心が押しやられてしまっていたくるみだ。


キッチン用品を仕舞う段になったらイヤでもそこには入るだろうし、後でいいかな?とさえ思っていた。


だけど、どうやら実篤はリビングのことはそこそこに、パントリーの方を見て欲しいらしい。


実篤の、どこか視線に、くるみは軽い違和感を感じて。


(実篤さん、何を企んじょるん?)


そんな風に思ってしまった。


実篤に肩を抱かれてパントリーに入ったくるみは、人感センサーでパッと明るくなった室内のまぶしさに、一瞬だけ目をすがめた。


そうして。


「――ねえ、くるみ。ここの柱に見覚えない?」


目が慣れたと同時に投げかけられた実篤からの言葉に、指さされた作り付け棚の支柱を見て、くるみは瞳を見開いた。


「実篤さん……これ!」


つぶやくなり実篤にギュッと抱き付くと、

「台所にあった、うちの成長記録がついた柱……」

言って、我慢出来なくなってポロリと涙をこぼした。


「うん。この柱だけは綺麗にあろうてから消毒してもろうてね、なるべく表面を削り取らんようにして使つこうてもろうたんよ。字ぃやら残すん、上手うもぉいくか自信がなかったけんくるみちゃんには内緒にして作業を進めてもろうたんじゃけど……思ったより綺麗に書き込みが残せたけん、正直俺もホッとした」


実篤が優しくくるみの頭を撫でながら「言うん、遅うなってごめんね」と説明してくれるのを、くるみはほろほろと涙を落としながらただただ小さくうなずきながら聞いた。


リビングのローチェストに実家の廃材を利用すると聞かされた時ももちろん嬉しかったけれど。


亡き両親が自分の成長を喜びながら刻んでくれたこの柱の成長記録に勝るものはないと、くるみは思って。


自分が大切に思っていたものを、実篤がくるみと同じぐらい――いやもしかするとそれ以上に――大切にしてくれたことが嬉しくてたまらなかった。



***



「そう言やぁもなかなか使われんで寂しいね」


リビングの窓から。

実篤さねあつがふと社屋外の屋根付き駐車場に停められた、愛車横に並ぶ白い軽自動車を見てポツリとつぶやいたら、すぐ横に来たくるみが小さく吐息を落とした。


「ホンマに。折角前の『くるみの木号』と同じように移動販売が出来るようにしてもらったんに……しばらくお預けだなんて、凄くぶち寂しいです」


台風後、新車を買おうと実篤が提案した時、贅沢だと渋ったくるみに、実篤は「新しい車も前の車みたいに移動販売が出来る仕様にして、車自身にもお金を稼いでもろぉたらええじゃ?」と提案したのだけれど。


くるみはその言葉に、実篤が思った以上に喜んでくれて――。


結局くるみはパン屋が再開できたあかつきには、定休日の水曜日を除く月曜から金曜は今まで通り移動販売に精を出したいと結論付けたのだ。



「うち、今まで通り配達を待ってくれちょるお客さんのこと、大事にしたいんです」


結果、新しく建てる予定の新居一階事務所内の、『くるみの木』販売ブースでは、基本的に冷蔵保存が必要な生クリーム入りの新作マリトッツォやフルーツサンド、サンドイッチなどを冷蔵ショーケースへ並べるに留めることで話を進めた二人だ。


冷蔵ものは店舗で、普通のパンは基本的には移動販売車で。

くるみからのたっての要望で、そういう住み分けをする形に計画を組み替えたのだった。



元々働き者のくるみは、十二月の中旬に新しい車が納車された頃にはまだ妊娠にも気付いていなかったから。


家が完成して厨房が使えるようになったらすぐにでも『くるみの木』の営業を再開するつもりで色々算段を練っていたのだけれど。


アレよアレよといううちに悪阻つわりに悩まされて日がな一日寝込むようになって。

パン作りはおろか、日常生活もままならなくなったくるみに、実篤は始終オロオロしっぱなしの日々だった。



***



ようやくようやっと体調も落ち着いてきましたけぇパンこねたりは問題なくのぉ出来る思うんですけど……。パン屋の再始動自体はおチビちゃんを産んで落ち着いた後の方がええですいね?」


順調に見えても妊娠中は無理をするとすぐにお腹が張ったりする。

お腹の胎児のことを思えばそれが一番得策に思えたのだけれど。


車庫の車を見下ろしながらくるみが切なげに眉根を寄せるのを見て、実篤は「そうほうじゃね。寂しいけどその方が無難かも知れんよ」と彼女をいたわわるように抱きしめた。


「じゃけど――」


そこでふと思いついたように告げられた実篤からの提案に、

「ええんですかっ。それ、凄く凄くぶちぶち嬉しいです!」

くるみがキラキラと瞳を輝かせた。



***



実篤と、くるみのお腹のなかのおチビちゃんは、いわゆるハネムーンベビーだ。


結婚式を終えるまでは、妊娠による体調不良や体型の変化で、くるみが希望通りの式を出来なくなってはいけないと、実篤が断固として避妊を怠らなかったから。

入籍後数ヶ月間、くるみは妊娠しなかった。


それでだろうか。

式が終わった日の夜、くるみが旅先の宿で待ち構えていたように実篤の手を握って誘い掛けてきたのは。


「うち、披露宴ひろうえんで好きなドレスも着せてもろうたし、仲のいいええお友達も呼んで……思うようなお式が出来ました。……だからほいじゃけぇもうはぁ、いつ赤ちゃんに来てもろうてもええなって思うちょるんですけど……実篤さんは如何いかがですか?」


実篤もそれには大賛成だったから、二つ返事でうなずいて、その日を境に避妊なんてしなくなったのだけれど。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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