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「拳銃はやめてくれ。楽に死にすぎる」
構えた私に向かって恩師は言った。
変わらない濁った目の目尻を下げて私を見る。
「ミナト、少しは大人になったのかよ」
しゃがれてカスカスの声。大好きだったタバコが、私のせいで吸えなくなったと言っていた。その口で、その声で。何度も泣きながら酒臭い息で。
恩師、ホフ。私に『人の殺し方』を教えてくれた人だ。
ホフは椅子に座ったままシャツの前を開ける。腰からナイフを皮のカバーごと抜いて、放って渡してきた。そして、大きな手の大きな親指で心臓を指して見せてくる。
「ゆっくり刺せよ。出来るだけゆっくりな」
「・・・やだよ」
挑発的なホフの言葉に、私はそう言った。
会うのは2年振り。ジェイに会ってから、ここに来るのは今日が初めて。それまでの間は、誰か殺す度に報告しに通った。誰を、何処で、どんな風に殺したか。どんな風に苦しんだか。一つ残らず細かく報告してきた。
「お前の為に取っておいた、デカイ命だぜ?大事にゆっくり獲れよ」
私は拳銃を閉まって、ナイフからカバーを外す。そしてホフに駆け寄った。そのままの勢いでホフの左目を突いて一気に差し込む。
「馬鹿め、早ぇーよ」
それが、ホフの最後の言葉。私の2万8508人目。最後の一人。
ホフの体は少し膨らみ、輝いて縮んで弾け飛んだ。
終わりだ。終わり。ホフの終わり。
涙は、出なかった。
俺の目から涙がこぼれた。ホフが死んだ。たった今目の前で。半日前に出会ったばかりの、殆ど知らないオッサン。
償いの終わってる女を一人、毒で寝かして目の前に運んで来た。そんだけでオッサンは全部分かってた。
「ジェイって奴から全部聞いてるよ」
何かを俺が言う前に、懐から拳銃を出して女を撃った。カナデと同じ拳銃に見えた。女の体は光って縮んで弾けた。
オッサンの額に浮き出る数字が1から0に変わる。償い終了の印。
「お疲れ様です。ホフさん」
何処からか事務員が湧く様に出て来た。
「おぅ、現れやがったな、化物め」
化物と言われた事はスルーして、事務員は続けた。
「ジェイさんからの依頼により、ホフさんに償い者の指定をお願いしに上がりました」
「ああ。で、どうしたらいい?」
「こちらに指定者の名前とご自身のサインをお願いします」
一枚の書類を取り出して、オッサンに記入を願う事務員。記入しながら、顔を上げずにオッサンは言った。
「そこのガキはどこまで知ってんだ?」
俺の事か。
「ジェイさんの償いに伴う条件のみです」
事務員が答える。
「おい、『ミナト』は漢字でどうだったかな」
オッサンが記入に困って聞いた。
『ミナト』?
「さんずいにかなでる、演奏のソウです」
「『ミナト』って誰だ?」
疑問が勝手に口から出た。オッサンと事務員が二人揃って俺を見る。
「そういや、ジェイって奴も同じ事言ってたな。『ミナト』って誰だ?って」
「ミナトさんがジェイさんに、名前を『カナデ』と読み間違えられたのを、訂正しないまま『カナデ』として過ごしておられました」
『湊』は、確かに『ミナト』だ。『カナデ』と当て字で読まない事も無いが。
「登録は『ミナト』のままですので記載は『湊』『ミナト』でお願いします」
オッサンは頷いて記入した。
「ややこしい話だな。ジェイって奴の改名前も『ミナト』って名前だったんだろ?字が違うが。『港』だったか」
言いながら空中に指で描く。『港』の文字。
俺は、ん?と思う。『港』。コウ。それは俺の名前。
「ほらよ」
オッサンは書き終わった書類を事務員に渡した。受け取った事務員は深々と頭を下げて呟く。
「文字合わせは我等の本能ですので」
「変な性癖だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「・・・どんな思考回路だよ。おいそこのガキ、ミナトが来るまでちと話しようや」
いいだろ?と訴えるように事務員を見るオッサン。
「あまり無用な事を吹き込まないで下さいね」
事務員は、そう言って一礼し、下がって居なくなった。スッと消えて。
少しギョッとした。
「もう少し側に来い。教えてやるよ。ミナトの事、この辺鄙な世界の事。全部知ってる訳じゃ無いがな」
オッサンは、そう言って俺を手招きする。
手汗が止まらない。俺は、一歩踏み出した。