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「住み処を移そう」
「私は別に善いけど……如何して急に?」
「此処は特に空気が悪いからな、肺に負担が掛かるかもしれぬ」
そう、数年後の芥川君のように。
まともな生活を送ったこともなく、人が人として扱われない貧民街の子供が、普通の社会でまともに暮らせるとは到底思っていない。見下され、軽視されることは目に見えている。
だから、普通の社会とは言わずとも、ここじゃない所ならどこでも良い。もっと空気が綺麗で、欲を言えば食料が今より採れる所。あ、あと、冬も来るだろうから、日当たりの良いところが良いな。
思い立ったが吉日、と言うので銀ちゃんに相談してみると良い返事が貰えたので、とりあえず東へ。暖房がない貧民街では出来るだけ早く太陽が昇る場所に住むのが良いだろう。
一、二時間くらい歩いただろうか。しばらく移動していると、良い条件が揃っている場所を見つけた。周りにちらほらと壊れかけの小屋のようなものが建っており、日当たりも良く、少し歩いたところには川もある。一応古ぼけたゲームセンターもあった。ガラの悪い奴らがいたから近付かないことにしたが。
一通り見て回って、仮の拠点に帰った頃にはもう日が暮れるところだった。今日の分の食料はまだ残っている。襤褸で包んで持ってきたから少し汚れているだろうか。川で洗ってこよう。
川を覗き込むと、自分の姿が川面に映る。……本当に私、芥川君になってしまったんだな。
それにしても可愛い。太宰さんに拾われた時よりも幼さの残る中性的な顔。ああどうしよう可愛いな。もし変態にでも襲われてしまったらどうしよう。そんな輩は即行処さなければ。
────あれ?髪が長い。気付かなかったけど。拾われた頃は後ろ髪は短かったのに。途中で切ったのかな?
私も切ろうかな、と思ったが、この長い髪は冬にマフラー代わりにでもなるだろうと思い直した。切るのは夏になってからにしよう。
「銀、寒くないか」
「少し。だけど、兄さんが居るから大丈夫」
住み処を移しておよそ半年が経った。季節は巡り、今は冬。伸ばしておいた髪がとても役に立っている。
道の至る所に冬を乗り切れなかった死体が転がっていて、ちょっと心が痛い。皆等しく命を刈り取られてしまう。よそ者だと石を投げてきた奴も、皆死んでしまった。優しくしてくれた人も、皆。
今年は特に寒いとどこかから聞いた。満足な屋根や壁の無い空き家に住んでいる私たちにとっては厳しい冬だ。絶対に銀ちゃんを守るのだ、私が。
昼は食料を探し回り、夜は二人で身を寄せ合って体温を分け合う。頑張って火を点けた焚き火の火が消えそうだから、羅生門で雪やら風やらを防ぐ。毎日を生きるので精一杯。そんな毎日を送っていた。前の所だったらもうちょっと辛かっただろう。日も当たらないし。
かたかたと小刻みに震える銀ちゃんの肩を抱いて、ぎゅっと抱き締める。あら、こんな暮らしをしてるのに何故かほっぺがスベスベ。羨ましい。
起きたら、可愛い可愛い銀ちゃんがいつの間にか死んでしまっているんじゃないかと、あまり夜も眠れなかった。
そんな毎日も突然、終わりを告げた。