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「殺す……。絶対に殺す……。あなたのような存在を生かしておくわけにはいかない!」
「……最《もっと》も神に近《ちか》い存在と言われていたルシファーが堕天した時、天界にいた天使たちの多くはルシファーと共に堕天した……」
「あなたはいったい何が言いたいのですか? 私のこの姿を見て、戦意を喪失《そうしつ》してしまったのですか?」
「いや、違うよ……。ただ……今のお前は、その時のルシファーとよく似てるなぁ……って思っただけだ」
「まるで本物のルシファーと会ったことがあるかのような口|振《ぶ》りですね……。まさかとは思いますが、あなたは本当に……」
「さぁて……それはどうかな? さっき俺が発《はっ》した言葉を信じるも信じないもお前次第だ」
「なるほど。よく分かりました……。では、もうそろそろ退場してもらいましょう」
コユリ(堕天使)は黒い矢をつがえると、矢の先端を彼の額《ひたい》に向けた。
「まあ、退場するのが俺とは限らないけどな……」
彼がそう言うと、コユリは(堕天使)は殺意を込めた黒い矢を彼に向けて放った。
それはすぐに分散すると、彼の体を貫《つらぬ》くために前へと進んでいった。
ナオト(『|大罪を封印する者《トリニティバインダー》』)は溜め息を吐《つ》くと、背中に生えた十本の銀の鎖で無数の黒い矢を弾《はじ》いた。
「……『十鎖《とうさ》の連撃《れんげき》』」
それは『ケンカ戦国チャンピオンシップ』以降、一度も使用したことがなかった技だった。
それを使ったということは、ナオトが本気になったということである……とは限らない。
なぜならば、彼の赤い瞳に覇気《はき》がなかったからである。
「まだです!!」
コユリがそう言うと、ナオトの鎖によって弾《はじ》かれた無数の黒い矢が再び彼に向かって進み始めた。
「なるほど……。弾《はじ》くだけじゃ無理ってことか……。なら、全部折るしかないな」
彼はそう言うと、無数の黒い矢を十本の鎖で束縛《そくばく》した。そして……。
「はい、終了……」
ナオトがそう言うと、無数の黒い矢は十本の鎖によって全て折られてしまった。
「……ま、まだだあああああああああああああ!!」
コユリ(堕天使)はそう言いながら、次々と黒い矢を放ち始めた。
質より量……。じわじわと相手を追い詰めていく戦法。
その戦法で勝てた戦《いくさ》もあるし、勝てなかった戦《いくさ》もある。
しかし、今の彼にはその戦法は通用しない。
「……『|電光石火《ジェットアクセル》』」
彼はポツリとそう呟《つぶや》くと、コユリ(堕天使)が放った黒い矢を全て躱《かわ》しながら、コユリの頭に触れられる距離まで一瞬で移動した。
「……こ、このっ! わ、私に近づくな!!」
コユリ(堕天使)はそう言いながら、彼に矢を向けた。
しかし、彼は目にも留《と》まらぬ速さで両腕を鞭《むち》のように動かし、彼女の弓と矢をはたき落とした。
その後、彼はギュッと彼女を抱きしめた。
「は、離してください! 私はあなたなんかに屈《くっ》するわけにはいかな……」
「コユリ……。もうやめろ。これ以上戦っても、お前は俺には勝てない」
「そ、そんなことまだ分かりません! それに私はまだ戦えます!」
「確かにお前の心はまだ諦《あきら》めてない。けど、お前の体はもう限界だ……」
「ど、どうしてそんなことが分かるのですか!? 知ったような口を聞かないでください!!」
「分かるよ、お前の過去のこともこれ以上戦い続けたら、お前がお前でいられなくなることも……」
「……なら、私の体のどこがもう限界なのか教えてください! じゃないとこの手であなたを殺しま……」
「おい、コユリ。少し黙ってろ」
ナオトはそう言うと、彼女の額《ひたい》に頭突《ずつ》きした。
「うっ……! い、いきなり何をするのですか! 私にこんなことをして生きていられるとでも思って」
「コユリ、お前が今どんな顔をしているのか分かるか?」
「な、何ですか? いきなり。そんなの分かるわけないじゃないですか」
「……そうか。じゃあ、お前の目から溢《あふ》れてるその透明な液体は何なんだ?」
コユリ(堕天使)は両手でその液体を拭《ぬぐ》おうとしたが、彼が自分を抱きしめているせいでそれができなかった。
「こ、これはその……あ、汗《あせ》です」
「嘘《うそ》をつくな。それは『涙《なみだ》』だ。そして、お前が今流している『涙《なみだ》』は目の乾燥を防ぐためのものじゃない。お前の感情によるものだ」
「私の……感情によるもの?」
「ああ、そうだ。お前が最初から俺と戦いたくなかったのは知ってる……。けど、お前のその力がお前を狂《くる》わせた。今のお前はその反動によって……」
「……説明はそれくらいにしてください。私がどうかしていました。なので、今は一人にさせてください」
彼女が彼を突き放そうとした時、彼は彼女を離そうとしなかった。
「マス……ター?」
「今、お前を一人にするわけにはいかない。お前が俺のことを嫌《きら》いになろうと俺はお前を絶対に離さない」
「ど、どうしてそこまで私のことを考えてくださるのですか?」
「……そんなの決まってるだろ……。お前は俺にとって大切な家族の一員で日に日に人ではなくなっていく俺のことを化け物扱いしないからだ!!」
「……そ、そうですか……。ですが、私以外にもマスターのことを化け物扱いしない人たちはたくさんいますよ?」
「お前は……何も分かってないんだな……」
「……?」
「俺にはお前が必要なんだよ。いい加減、分かってくれよ」
「……すみません、私には分かりません。マスターはなぜ私にそこまでこだわるのですか?」
「こだわる? そうだな……。じゃあ、俺の心臓の音を聞いてくれないか?」
「それは今ここで……ですか?」
「ああ、そうだ。今ここでお前だけに聞いてほしい」
「分かりました。では少しの間、じっとしていてくださいね」
「ああ、分かった」
コユリ(堕天使)は彼の心臓の音を聞くために彼の胸骨《きょうこつ》付近に耳を当てた。
「……いつもより心拍数が上がっていますね。緊張しているのですか?」
「……お、お前みたいな可愛い女の子に心臓の音を聞かれて何も考えないやつなんていないだろ……」
「では今のマスターは私にこんなことをされているから、こんなにドキドキしているのですか?」
「ああ、そうだ。そんでもって、それは人によって異なる」
「そうなのですか? では、マスターの心臓がこんな風になるのは……」
「ああ、そうだよ……。お前に抱きつかれてる時はいつもそんな感じだよ……」
「それでマスターは何が言いたいのですか?」
「え? あー、そうだな……。まあ、つまりあれだ。お前という存在がそばにいないと悲しくなるから、いなくならないでほしい……って、ことだ……」
「……そうですか。つまり、マスターは私がいないと寂しすぎて死んでしまう……。そういうことですか?」
「ま、まあ、そういうことだ……」
「そうですか。なら、封印されてもいいかもしれませんね」
「え?」
「マスターが私を必要としてくれているのですから、こんな力なんて、もういりません」
「ほ、本当にいいのか?」
「はい、もちろんです。ただし、今日は私と一緒に寝てください。じゃないとマスターが寝ている間にイタズラしちゃいますよ?」
彼はどっちにしろ彼女にイタズラをされる気がしたが、ここで断るわけにはいかないと思い、しぶしぶ了承した。
「わ、分かったよ。じゃあ、今から封印するから少し離れてくれ」
「分かりました。では、よろしくお願いします」
「おう、任された」
コユリが彼から少し離れると、彼は十本の銀の鎖で彼女をミノムシ状態にした。
「『少女に宿りし、大罪の力よ。今こそ、我《わ》が肉体と精神に宿り給《たま》え。そして生涯、我《われ》と共《とも》に生きよ』」
彼がそう言うと、十本の銀の鎖が白い光を放ち始めた。
その輝《かがや》きが消える頃、コユリ(堕天使)はいつものコユリ(本物の天使)に戻っていた。
彼は元の姿に戻ると、彼女をギュッと抱きしめた。
「コユリ。俺はもうお前を逃がさない。目的が達成されるまでは一緒にいてもらうから覚悟しろよ」
彼がそう言うと、彼女は微笑《ほほえ》みを浮かべた。
「今さらそんなことを言われるとは思っていませんでしたが、私はマスターと一緒ならどこへだってついていきます。なので、心配しないでください」
「……そうか。じゃあ、今日は寝ようか」
「そうですね。でもうっかり手を出してしまうかもしれませんよ?」
「その時はその時だ……と言いたいところだが、そこはちゃんと我慢してくれると助かるな」
「……そうですか。少し残念ですが、私はマスターの頼みを断るようなことはしませんので安心してください」
しばらく二人は抱きしめ合っていたため、彼と彼女がそのあと何をしていたのかは二人しか知らない。