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そのまま男性――クローヴィスはマーガレットの身体を抱きかかえたまま外へと移動する。
そして、連れてこられたのはトマミュラー侯爵邸の中庭だった。どうやらクローヴィスとこの侯爵家の当主は知り合いらしく、入っても問題ないと彼は言った。まぁ、マーガレットがそれが真実なのかを知る術はないのだが。
マーガレットの身体をベンチに降ろしたかと思えば、彼はマーガレットの前に跪く。その後「失礼、レディ」とだけ声をかけるとマーガレットの靴を脱がせた。
「……ふむ、これは相当ひどい靴擦れのようですね」
クローヴィスはそれだけを告げると、マーガレットの足を見て何処となく顔をしかめる。それから「本日は、帰った方がよろしいかと思いますよ」とにこやかな笑みを浮かべて告げる。
しかし、マーガレットとてここで易々と帰るわけにはいかなかった。なんと言っても、アストラガルス子爵家の未来がかかっているのだ。アードルフの言いなりになるのは癪だが、それしか未来はないとマーガレットだってわかっている。
「……そういうわけには、いきません」
だからこそ、マーガレットはゆるゆると首を横に振ってクローヴィスを見つめた。
その緑色の目には強い意思が宿っているかのようであり、それを見たためなのかクローヴィスが露骨に息を呑む。が、彼は何を思ったのかマーガレットの隣に腰を下ろし、「どうして、貴女はそこまでそんなことを言うのですか」と問いかけてくる。
「……クローヴィス様に、お教え出来るような事情では」
「そうですか。……では、こうしましょうか」
マーガレットの回答を聞いて、クローヴィスは「教えてくれないかな?」と甘えたように告げてくる。その口調に驚きマーガレットが彼を見据えれば、彼は悪戯が成功した子供のように笑う。
「俺、本当はこういう口調なんだ。……この口調だったら、話しやすくないかな?」
にっこりと笑ってそう問いかけられてしまうと、毒気が抜かれてしまう。
そう思いマーガレットは「……私は、マーガレット・アストラガルスと申します」と渋々自己紹介をする。
「私の家であるアストラガルス子爵家は貧乏なのです」
「……」
初対面の人にこんなことを話すなど、醜聞になりかねない。けれど、クローヴィスはマーガレットの事情を言いふらすような人には見えなかった。それに、彼は真摯に問いかけてくれている。それは声音の節々から伝わってくる。そのため、マーガレットは言葉を続けた。
「それこそ、夜逃げか没落かの二択を迫られているほどでございます」
「……そっか」
「はい。なので、私はこの舞踏会でなんとしてでもいい男性を捕まえなければならないのです」
目を伏せてそう言えば、クローヴィスは何かを考え込むような素振りを見せた。しかし、マーガレットはそんなことお構いなしとばかりに最後に「まぁ、父に命令されただけなのですが」と言って笑う。
貴族の令嬢にとって当主である父の命令は絶対的なものである。それはクローヴィスとてわかっているはずだ。その証拠に、彼はマーガレットの最後の言葉を聞くとその表情を痛々しく歪めていた。
「マーガレット嬢……」
クローヴィスが何処となく切なげにマーガレットの名前を呼ぶ。けれど、マーガレットはそれを気にすることなく「では、私はこれにて失礼いたします」と言ってぺこりと頭を下げる。
「だけど、その足では……」
マーガレットの手首を咄嗟に掴み、クローヴィスがそう告げる。その手を振り払おうとするものの、彼の手は振りほどけない。
「いえ、大丈夫です。こんなもの、実家が没落するよりはマシでございます」
強がりだった。足はとても痛いし、今すぐにでも帰ってしまいたい。でも、弟のためなのだ。
父が落ちぶれたところで所詮自業自得だということが出来る。が、弟は違う。彼は完全に巻き込まれただけの被害者であり、非などない。
「……マーガレット嬢」
彼がもう一度マーガレットの名前を呼ぶ。それに驚き彼の顔を見つめれば、彼は「……よし、決めた」と呟く。一体、彼は何を決めたのだろうか。そう思い頭上に疑問符を浮かべるマーガレットが立ち上がれば、彼はマーガレットの真ん前に跪く。
「マーガレット嬢、俺と結婚してくれないか?」
そして、彼は誰もが見惚れそうなほどの極上の笑みを顔に貼り付け、マーガレットにそう告げてきた。
その言葉に、マーガレットは驚くことしか出来ない。その目を真ん丸にし、クローヴィスのことを見つめ返す。
「正気、ですか?」
彼を見つめてマーガレットの口から出た言葉は、そんな言葉だった。
それに対し、クローヴィスはもう一度口を開く。今度は、はっきりと。
「俺と……契約結婚しない?」
今度は砕けた口調だった。けれど、それよりも。
(……契約、結婚?)
それは一体どういう意味だ。そちらに対する疑問の方が、マーガレットは強かった。