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【キスをしないと出られない部屋に閉じ込められたら】
金属音と共に、背後の扉が静かに閉まった。
慌てて取っ手を回すも、びくともしない。
「え? え? なにこれ……」
「……あれ」
隣で吉沢さんが、壁に貼られた小さなパネルを指差した。
『この部屋から出るには、互いに唇を重ねること』
息が止まった。
顔が一気に熱くなる。
「……え、冗談、だよね?」
吉沢さんは少し困ったように笑って、首をかしげた。
「そういうドッキリ番組なのかな。でも、どうする?」
どうするって――。
頭の中で何度も「無理無理無理」がこだまする。
けれど、こんな密室でずっと立ち尽くすわけにもいかない。
沈黙が長くなるほど、心臓の音が大きく響く。
吉沢さんは少し近づき、目を合わせてきた。
その瞳が、真剣だった。
「……いやなら、もちろん無理にしない。でも――俺は、いいよ」
鼓動が喉までせり上がる。
返事をする前に、距離が自然と縮まっていた。
すぐ目の前で、彼の睫毛がわずかに揺れる。
唇が、そっと触れた瞬間――
パネルが小さく電子音を鳴らし、「解除しました」と冷たい声が告げる。
離れた後も、熱は唇に残っていた。
「……出られたね」
吉沢さんの笑みは、少し照れたようで、少し名残惜しそうだった。
扉をくぐると、廊下の空気がやけにひんやりして感じられた。
さっきまでの部屋の熱が、まだ肌にまとわりついている。
「……本当に出られるんだな、ああいう条件で」
吉沢さんが苦笑する。
私はまだうまく声が出ず、ただ頷いた。
歩き出そうとすると、ふいに腕をつかまれた。
「ごめん、さっきの……嫌だった?」
首を横に振ると、彼の肩から少し力が抜けたように見えた。
「そっか。……俺さ、ああいうこと、冗談半分でやるのは嫌なんだ」
真っ直ぐな声に、胸がまた熱くなる。
「だから、あれが条件じゃなかったとしても……きっと同じことした」
一瞬、呼吸が止まる。
視線を合わせられなくて、廊下の床を見つめた。
それでも、隣からくる笑い声と足音は、さっきより少し近い。
部屋を出ても、あの瞬間だけは閉じ込められたままだった。