テラーノベル
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雪が降り始めたのは、動画を投稿し続けていたある夜だった。
最初は、小さな白い粒だった。
悠真がベランダで気づく。
「……あ」
蒼は編集途中のタブレットから顔を上げる。
「どうした」
「雪」
その一言で、蒼も立ち上がった。
窓の外。
暗い街に、白い雪がゆっくり落ちている。
夜しかない世界だからか、雪は街灯の光を反射して淡く光って見えた。
静かだった。
音が吸い込まれていくみたいに。
「綺麗だな」
悠真が呟く。
蒼も小さく頷いた。
「……うん」
二人はすぐ外へ出た。
コートも適当。
マフラーも片方しか見つからなかった。
エレベーターを待つ時間すら惜しくて、階段を駆け下りる。
外へ出る。
冷たい空気。
雪の匂い。
誰も踏んでいない道路。
「やば」
悠真が笑う。
「世界終わってる景色なのに、なんかテンション上がる」
「お前そういうとこあるよな」
蒼も少し笑った。
雪は静かに積もっていく。
車の上。
信号機。
コンビニの看板。
世界全体が白く塗り替えられていくみたいだった。
悠真は急にスマホを向ける。
「撮るぞ」
「また?」
「絶対綺麗だろこれ」
動画撮影は、もう二人の日課になっていた。
カメラを回している間だけ、“誰かと繋がっている”感じがした。
悠真は雪の降る道路の真ん中で両手を広げる。
「こんばんはー」
白い息が夜へ溶ける。
「今日は雪です」
蒼が少し後ろから映る。
「ずっと夜だから、なんか変な感じする」
カメラ越しの世界は、本当に映画みたいだった。
静かな終末。
二人だけの街。
降り続ける雪。
動画を投稿すると、すぐにコメントが増えた。
『映像綺麗すぎる』
『映画みたい』
『雪と夜景やばい』
『そっち寒そう』
『こっちは春なのに』
そのコメントを見て、悠真が止まる。
「……春?」
蒼も画面を見る。
『日本、今日20度あったよ』
『桜咲いてる』
『そっち季節どうなってるの?』
二人は黙った。
こっちでは、雪。
向こうでは、春。
季節まで違う。
世界が本当に別れてしまったみたいだった。
その夜。
二人は近くの公園へ行った。
ブランコにも雪が積もっている。
悠真はそのまま座った。
「冷たっ」
「そりゃそうだろ」
蒼は笑いながら缶ココアを渡す。
悠真は受け取って、湯気に顔を近づけた。
「なあ」
「ん?」
「向こうの人たちって、普通に生きてんだよな」
蒼は少し考える。
「……たぶん」
「学校とか行って」
「たぶん」
「朝起きて」
蒼は空を見る。
暗い。
ずっと。
「もう朝ってどんなだったっけ」
悠真の声は冗談っぽかった。
でも少しだけ、本気だった。
雪はどんどん強くなる。
街は静かに埋まっていく。
二人はブランコを揺らしながら、しばらく空を見ていた。
するとスマホが震える。
新しいコメント通知。
蒼が開く。
『ねえ、そっち寒いなら風邪引かないでね』
短い言葉。
それだけなのに。
二人は少し黙った。
「……なんか変な感じ」
悠真が言う。
「会ったことない人なのに」
蒼は小さく笑った。
「でも心配されるの久しぶりかも」
世界には人がいた。
遠すぎて、触れられない場所に。
それでも。
画面越しの言葉は、不思議なくらい温かかった。
帰り道。
雪はまだ降っている。
白くなった道路を、二人並んで歩く。
足跡が後ろに続いていく。
「さ」
悠真が突然言った。
「雪だるま作ろうぜ」
「急だな」
「こんな終末で雪降るとかイベントだろ」
蒼は呆れた顔をしながらも、
「……まあいいけど」
と答えた。
二人で雪を丸める。
静かな夜の真ん中で。
誰もいない世界なのに、笑い声だけがちゃんと響いていた。
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