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雪は数日経っても止まなかった。
街は白く埋まり、道路の境界も曖昧になっていた。
それでも電気だけは生きている。
街灯は今日も光っていて、夜しかない世界をぼんやり照らしていた。
「山行かね?」
朝なのか夜なのかわからない時間に、悠真が突然言った。
蒼は毛布にくるまったまま顔を上げる。
「山?」
「雪あるなら、絶対すごい」
「寒い」
「でも動画映えする」
「お前最近そればっかだな」
悠真は笑う。
「だってコメントで“景色好き”って結構来るし」
蒼は少し考えた。
確かに、最近は景色を撮ることが増えた。
無人の街。
真っ暗な空。
雪。
向こうの世界の人たちは、自分たちの世界を“綺麗”だと言う。
二人にはもう見慣れた景色なのに。
「……まあ、いいけど」
「よっしゃ」
二人はSUVを借りた。
借りた、というか勝手に使っているだけだけど。
雪道を走る。
道路には当然、他の車は一台もない。
ラジオは何も流れない。
でもBluetoothだけは生きていて、昔ダウンロードした曲が静かに流れていた。
窓の外は、白い森。
雪がヘッドライトに照らされて舞っている。
「なんか旅行っぽいな」
悠真が助手席で言う。
「終末旅行」
「字面最悪」
蒼は少し笑った。
山奥の公園は、本当に誰もいなかった。
昔はキャンプ場だったらしい。
案内板は雪をかぶっている。
ブランコもベンチも真っ白。
「うわ……」
悠真が車を降りる。
足が雪に沈む。
静かだった。
街よりもっと静か。
風の音しかない。
空は相変わらず夜。
でも雪が反射して、ほんの少しだけ明るかった。
「撮るぞ撮るぞ」
悠真はさっそくカメラを回す。
レンズ越しの雪景色は、別世界みたいだった。
「こんばんは」
悠真がカメラに向かって手を振る。
白い息がふわっと広がる。
「今日は山に来ました」
カメラが動く。
雪に埋まった遊具。
誰もいないキャンプ場。
暗い森。
「なんか、世界で俺らだけが旅行してるみたい」
悠真が笑う。
蒼は後ろで雪を踏みながら歩いていた。
「いや実際そうだろ」
「それ言うと急に重くなるからやめろ」
コメント欄を意識しているのか、悠真は少し明るめに喋っていた。
でも蒼にはわかった。
本当は、悠真も時々怖くなっている。
静かすぎる世界に。
終わらない夜に。
しばらくして。
悠真が突然、雪を投げた。
「うおっ」
蒼の肩に当たる。
「何すんだよ」
「雪合戦」
「急だな」
蒼も雪を掴んで投げ返す。
それが始まりだった。
二人とも本気になった。
雪を投げる。
逃げる。
笑う。
雪に滑って転ぶ。
誰もいない山奥で、笑い声だけが響いていた。
カメラは三脚の上で、その様子をずっと撮っている。
「はぁ……無理……」
悠真が雪の上へ倒れ込む。
蒼も近くに座った。
息が白い。
手が冷たい。
でも嫌じゃなかった。
静かな世界の中で、今だけはちゃんと“生きてる感じ”がした。
悠真は空を見る。
雪がゆっくり落ちてくる。
「……綺麗だな」
蒼も空を見上げる。
夜しかない空。
なのに、雪のおかげで少し明るい。
まるで世界全体が眠っているみたいだった。
動画用に焚き火もした。
キャンプ場の薪を使う。
火がぱちぱち鳴る。
その音だけで、妙に安心した。
「焚き火っていいな」
悠真が言う。
「わかる」
「人類の原点って感じ」
「急に壮大」
火の光が二人の顔を照らす。
周りは暗い森。
雪。
静かな夜。
カメラはその全部を映していた。
その動画は、今までで一番伸びた。
コメント欄。
『映画超えてる』
『雰囲気良すぎる』
『この世界行きたい』
『でも実際いたら寂しくて泣きそう』
『二人がいるから見てられる』
『焚き火のシーン好き』
その中に、一つだけ。
『なんで二人だけなんだろうね』
そのコメントを見て、悠真は少し黙った。
蒼も何も言わない。
理由なんて、わからない。
どうして世界がこうなったのか。
なぜ二人だけなのか。
何も。
夜。
山道を帰る車の中。
雪はまだ降っている。
ヘッドライトだけが、暗い道を照らしていた。
悠真は窓の外を見ながら呟く。
「でもさ」
「ん?」
「もし独りだったら、たぶん無理だった」
蒼はハンドルを握ったまま、小さく笑う。
「それは俺も」
車は静かな雪道を進む。
世界には誰もいない。
それでも。
隣に誰かいるだけで、夜は少しだけ温かかった。