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#夢
凪川 彩絵
瑠璃香は何も言わない。
ただ、真っ直ぐこちらを見ている。
(逃げるな)
自分に言い聞かせて、やっと次の言葉が出せる。我ながら情けないなと思った。
「今日、会社で出た話も……その延長なんだ」
視線を逸らさず、続ける。
「もうどこかから聞いたかも知れねぇけど……俺、あの会社の……創業家の人間なんだ」
空気が、わずかに張り詰める。
「副社長の……角宮清香。あの人、俺の母親で」
一拍。
「社長の盛晴は、母方の祖父だ」
瑠璃香の瞳が、わずかに見開かれる。
「でも……晴永さん……苗字が……」
「ああ、母さん……。会社では便宜上〝角宮〟姓で名乗ってるけど……戸籍上は新沼清香ってんだ。随分前に親父とは離婚してるんだが……苗字は戻さなかった」
それで、自分は両親の離婚後も、変わらず新沼晴永なのだと付け加える。
「そう、なん……です、ね」
「ああ」
瑠璃香はそれきり口をつぐんだ。
晴永の話の続きを待っている。
「親父は……俺が中学に上がったばっかの頃に家を出てる。すぐ下の弟は、小六だった」
淡々と、事実だけを並べる。
「そのあと、母親の実家――じいさんの家を頼って……しばらくは、あっちで暮らしてた」
少しだけ、言葉を探す間。
「……今俺たちが住んでるこの家……」
視線をわずかに逸らして、戻す。
「元々は、家族で住んでた家なんだ」
瑠璃香の表情が、少しだけ揺れる。
だが、口は挟まない。
「俺が高校入るタイミングで、じいさんの家を出て……弟と一緒に戻ってきた」
「……弟さんと?」
「ああ。なんか角宮の家、居心地が悪くてな。別に虐げられていたわけじゃない。むしろ……〝跡取り〟として丁重に扱われてたくらいだ」
苦く笑う。
「けど、それが嫌だった」
言葉を切る。
「父さんがいた頃は……そういうの、あんまり感じなかったんだ。母さんはずっと会社の人間だったし、父親も副社長やってたけど……家の中じゃ、ただの家族だった」
少しだけ、目を伏せる。
「けど、あっちに戻ってからは……違った。行く先々で〝坊ちゃま〟扱いされてさ」
小さく、息を吐く。
「……あれが、どうにも無理で……」
視線を戻す。
「だから、高校入るとき……母さんに頼んで、あの家を出た。弟と一緒に」
そこで一度吐息を落とすと、瑠璃香をじっと見つめる。
「家を出るときの条件で……俺か弟のどちらかが……いや或いはどちらもが……大学卒業後は角実屋に入ることを約束させられたんだ。俺はこれといって目標があったわけじゃなかったし……言われるがままに角実屋へ入った。……けど、弟は料理の道に進んだんだ」
必要な情報をかいつまんで淡々と話していく。
うまく話せているか自信はないけれど、瑠璃香が口を挟まないでいてくれることでちゃんと伝わっていると信じたかった。
「あと――」
家のことはあらかた話せた。だが、そこでほんの一瞬だけ迷ったのは、これを告げたら瑠璃香が離れて行ってしまいそうで怖かったからだ。
(けど……公に発表がされている以上、話さないわけにはいかねーよな)
むしろ、話さないことの方が瑠璃香の心を自分から遠ざけてしまう気がした。
「……ニュースでも報道されてたけど……家が決めた、許嫁がいる」
沈黙。
空気が、止まる。
瑠璃香の呼吸が、わずかに乱れたのが分かった。
それでも、瑠璃香は晴永から目を逸らさないでいてくれた。
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