テラーノベル
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空に浮かんだ文字は、しばらく消えなかった。
『元の世界へ戻る条件――仲間のうち一人を殺すこと』
草原を吹き抜けた風が、メバルの頬を冷やす。
誰も口を開かなかった。
カキは青ざめ、マサカゲは険しい顔で空を睨み、アオノは浮かび上がった文字を黙々と観察している。ミステーだけは、表示された文章を見上げたまま、なぜか満足そうに頷いていた。
「なるほど。六人で一つの命を分けるのか」
「なるほどじゃないよ、ミステーちゃん!」
メバルは反射的に突っ込んだ。
だが、自分の声が低く響くたび、胸の奥がざわついた。
以前なら、仲間を傷つける可能性があるだけで嫌だったはずだ。ところが今のメバルは、表示された条件を見て、どこか冷静に考えている。
誰か一人を犠牲にすれば帰れる。
その考えが、頭の中であまりにも簡単に形になっていた。
「この表示は、誰が出している?」
マサカゲが兵士たちへ問いかけた。
以前のマサカゲなら、まず仲間を落ち着かせ、状況を整理していた。だが今は、最初から他人を疑うような鋭い目をしている。
兵士たちは顔を見合わせた。
「我々は知らない。転生者が現れた時、空に条件が示されるのはいつものことだ」
「いつものこと?」
アオノが反応した。
「過去にも転生者がいた?」
「数十年前にも一組、現れたと聞いている。だが、彼らは帰還しなかった」
「全員が死亡した?」
「記録はない」
アオノの表情がわずかに変わった。
「記録がないのは不自然。情報の隠蔽、または記録媒体の破壊が考えられる」
「考えすぎだ」
マサカゲが言った。
「この世界の連中が、私たちを戦争へ利用するために作った話かもしれない」
「でも、空に文字を出したのは兵士じゃないよね?」
カキが怯えた声で言う。
彼女はメバルの背中に隠れたままだった。以前なら、洞窟を見つけただけで真っ先に突っ込んでいた人物とは思えない。
「メバル、どうしよう……。誰かを殺さないと帰れないなら、私たち……」
「大丈夫だよ」
メバルは振り返り、カキへ笑いかけた。
その笑顔が、自分でも分かるほど不自然だった。
優しいふりをしているだけ。
そんな感覚があった。
「誰も殺さない。まずは、この条件を出した奴を探す」
口にしてから、メバルは驚いた。
それは以前の自分らしい言葉だった。だが、その奥には仲間を守りたい気持ちだけではなく、条件を出した存在を倒してやりたいという攻撃的な感情が混じっていた。
K-Tがメバルを見る。
「本気か」
「もちろん」
「なら、俺が先頭に立つ」
K-Tが兵士たちへ歩み寄る。
兵士の一人が槍を向けた。
「止まれ。王都へ同行してもらう」
「断る」
「抵抗するなら拘束する」
「問題ない」
K-Tは短く言った。
兵士が槍を突き出す。
K-Tは身を傾け、穂先をかわした。腕をつかみ、相手の体勢を崩して地面へ倒す。別の兵士が横から斬りかかるが、K-Tは素手で刃を受け流し、その手首をひねった。
「Kさん、さすがに初対面の人を投げるのは――」
メバルが言いかけたところで、K-Tの背中へ別の槍が迫った。
メバルは剣を抜き、槍の柄を弾き飛ばした。
「背後、見えてなかったよ」
「問題ない」
「問題あるってば!」
K-Tは振り返りもせず、低い姿勢のまま兵士の足を払った。
その動きは速く、迷いがなかった。
数秒後、兵士たちは全員、武器を落として地面に座り込んでいた。誰も大きな傷は負っていない。
メバルは剣を下ろした。
自分も戦える。
その事実に、奇妙な満足感を覚えていた。
「すごい……」
カキが呟く。
「すごくない。無駄な戦闘だった」
マサカゲが冷たく言った。
「兵士を敵に回して、王都への交渉手段を失った。最初から情報を引き出してから行動すべきだった」
「なら、次はお前が交渉しろ」
K-Tが言う。
「私が命令される筋合いはない」
「マサカゲちゃん、逆転してから口が悪くなってない?」
「お前にだけは言われたくない」
その返答に、メバルは言葉を失った。
以前なら、マサカゲは誰よりも冷静で、カキやミステーの暴走を止める側だった。だが今は、挑発されればすぐに言い返す。
そしてメバル自身も、誰かを止めるより、面白がって見ている。
性格の反転は、想像以上に深刻だった。
ミステーが倒れた兵士の腰から、小さな黒い結晶を拾い上げた。
「これは鍵だ」
「勝手に拾わないで、ミステーちゃん」
「しかし、鍵には鍵という役割がある。使われるために存在している」
ミステーが結晶を掲げると、空に浮かぶ文字が一度だけ明滅した。
そして新しい文章が現れる。
『第一試練を開始します』
草原の中央に、六つの円が浮かび上がった。
『一人が嘘をついている』
カキが息をのむ。
『嘘をついている者を殺せば、帰還への道が開く』
「また殺す条件……」
アオノが黒い結晶を見た。
「この結晶は、嘘をついた者へ反応する装置」
結晶が淡く光る。
その光は、六人の中でただ一人――メバルへ向けられていた。
全員の視線が集まる。
メバルは、ゆっくりと笑った。
「僕が嘘をついてるって?」
K-Tが拳を握る。
マサカゲは剣に手をかけた。
カキは震え、アオノは無表情のまま計算を始め、ミステーは楽しそうに首を傾げる。
メバルの胸の奥で、冷たい何かが目を覚ました。
自分でも気づいていなかった嘘。
それは、転生した直後からずっと、誰にも言っていない。
元の世界へ戻りたいと思っていないことだった。
コメント
1件
読ませていただきました。第2話、一気に物語が動き出しましたね……。六人の中に一人だけ嘘つきがいる、しかもその矛先がメバルに向かう展開、とても緊張感があって引き込まれました。特にラストの「元の世界へ戻りたいと思っていない」というメバルの内面が、彼の笑顔の裏にある冷たさと合わさって、すごく印象的でした。性格が反転している設定が各キャラの行動にちゃんと反映されていて、丁寧だなと感じます。続きが気になります!
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