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目覚めた時には遅すぎた。
いつもと同じ朝のはずだった。ただ一つ違ったのは、部屋の中に満ちる濃厚な鉄錆の匂いだ。
それは決して夢でも幻覚でもなかった。
「……っ!!」
飛び起きた瞬間、自分が裸であることすら忘れていた。
慌てて布団をめくり上げると——そこにあったのは赤黒い染み。昨夜まで確かに肌を合わせていたはずのあの人の姿がない。代わりにあるのは生温かい鮮血と、無惨にも切り裂かれた肌触りの悪いシーツだけだった。
震える指先がベッドサイドテーブルの端末へ伸びる。
呼び出し音は聞こえない。ただ耳鳴りのように心臓の鼓動だけが響いている。誰かが来た。
「おはようございます、セシル様」
ノックもなく扉を開け放ち入ってきたのは、若い構成員の一人。
「ボスの部屋へ来て下さい。急ぎの要件だと聞いております」
「そうか……」
平静を装って答えたつもりだったが、声は掠れていた。
下着と服を着て、彼に続いて廊下へ出る。空気が重かった。
普段なら騒々しく行き交う組員たちの姿もない。静寂の中を進む足取りだけがやけに早い。
「……こちらです」
案内された先にはいつもの寝室——ではない。そこには既に数人の部下たちが集まっていた。彼らは一斉に振り返り、こちらを見つめる。
誰も言葉を発しない。視線が交錯する中で感じるのは、尋常ではない緊張感だった。
促されるまま奥へと歩を進めれば——その光景が目に入った途端呼吸さえ止まる。
「ボスが……?!」
部屋の中央に横たわる男の姿——それは間違いなくセシルの主であるマルコ・サンドレッリその人だった。
しかし彼の胸元には、深紅の花弁が咲き乱れているかのように夥しい量の血液が広がっていた。
周囲にはまだ微かに湯気立つ赤黒い粘液が滴り落ちている。
そればかりか、壁際には鋭利な刃物で抉られた痕跡があった。血痕は四方八方に飛び散り一部壁にまで飛散している様子から、かなり激しい争いが起こったことが見て取れる。
「何があった……一体誰がこんなことを?」
そう問いかけても誰一人答えられぬまま、俯いているばかりだった。そんな沈黙を破ったのは初めて見た顔立ちの男。
「俺が殺した」
声の主は入り口付近から姿を現した長身痩躯の男。薄暗い室内でも艶めかしい程の美貌を持つ青年だった。
彼は長い髪を靡かせながら優雅な足取りで歩み寄ってくる。部下たちは瞬時に表情を変え、警戒態勢に入ろうとするも動くことはできなかった。
青年は軽やかに微笑み答えた。
「簡単だ。邪魔になったから消したまで」
「……どういう意味ですか」
「文字通りだ。セシル」
その時初めて彼が僕の方へ視線を向けてきたことに気づく。
まるで獲物を見つけた獣のように舌舐めずりをする姿はどこか妖しい色香すら纏っているように思えた。
背筋に冷たい汗が流れる。
彼はそのままゆっくりとした動きで近づいてくると、熱くて深いキスを交わした。甘く柔らかな感触と同時に、絡まる吐息と熱を感じる。
拒もうとしても身体は思うように動かせずされるがままになってしまうだけなのだ。それから口の中に何かを入れられると、急に眠気がしてその場で眠ってしまう。