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ワンクッション
未舗装地帯を抜け、舗装道路のアウトバーンに入れば、一般区画の街中まですぐである。
すっかり緊張のほぐれたイリーナは、道中でエーミールに聞かれるままに、自分の事を語り出した。
国にいる母親と、年の離れた弟のこと。貧乏だったけど、大学に行かせてもらえたこと。薬学と有機化学が大好きで、この仕事に就いたこと。弟もいい学校に入れて、いろんな事を学んで欲しい。だから頑張って仕送りをしていること。等々。
仕事以外のことを楽しそうに話すイリーナに、エーミールもまたにこやかに笑いながら相槌を打つ。
そうこうしているうちに、車は目的地の海辺のレストランに着いた。こぢんまりとした気取らない雰囲気の小さな店は、二人の他は二組の客だけでほぼ満員。けれども、店の雰囲気も相まって、ゆっくりと食事をすることができた。
海辺の観光地ということで、レストランの周囲はいろいろなお店がある。
「少し見ていきますか?」
「はい」
エーミールの散策の誘いに、断る理由はない。エーミールはイリーナの前に、肘を曲げた左腕をスッと差し出した。
「よろしければどうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
普段見ることは絶対アリエナイ、エーミールの紳士的な振る舞い。イリーナは何だか嬉しくなり、せめて今だけでも小さな淑女になろうと、差し出されたエーミールの腕に、自分の両手をそっと添えた。
幸せだなぁ……。
エーミールとこうして腕を組んで歩いていると、不思議と温かい気持ちになる。
まるで
「……お父さんと一緒にいるみたい」
つい溢れてしまった言葉に、イリーナははっと我に返り、慌てて手で口を塞いだ。
しかし、溢れた言葉は、すでにイリーナの心から意味ある音となって放たれてしまい。
「あ……」
「あはは。ご尊父のように思われるのは、光栄ですね」
イリーナのうっかりな発言を、エーミールは楽しそうに笑い、受け入れてくれた。
「すみません……」
「構いませんよ。私も可愛らしくて賢い娘ができて、嬉しいです」
「では引き続き、父娘デートと洒落こみますか」
不必要に口を滑らせてしまっただけでも申し訳ないと思っているのに、自分の事を含めて肯定してくれる上司に、イリーナは胸が温かくなる。自分のことを否定ばかりせず、受け入れてくれる存在。
以前どこかで、こんなことがあったような。
思い出せないけど、きっとその時も幸せだったのだろう。
ーーーーーーーー
少し歩いた所に、小さな雑貨屋があった。ショーウィンドウに並ぶぬいぐるみに、イリーナは目を奪われた。
「あ…」
「どうしました?」
突如足を止めてショーウィンドウを凝視するイリーナに、エーミールが尋ねる。
「いえ。あのペンギンのぬいぐるみ…」
「ああ。あのキングペンギンのぬいぐるみですか。かわいいですよね」
「弟がペンギン好きなんです」
「なるほど」
ふむ。と一言唸ると、エーミールは
「少し待っててください」
と言い、一人店の中へ入っていった。
しばらくすると、プレゼント用にリボンをあしらったペンギンと共に、エーミールが店から出てきた。
「お待たせいたしました。どうぞ」
「え?」
抱えるほどのペンギンを手渡され、イリーナは目を丸くした。
「……これって?」
「あとこちら、刺繍入りのシルクのハンカチーフです。今度の仕送りで、お国のご母堂と弟さんに、送ってあげてください」
「いいんですか?!」
「可愛い『娘』のためですからね。その可愛い『娘』にも」
そう言うと、エーミールが今度は長細い箱をイリーナに差し出す。
「これは?」
「サクラガイをトップにした、シルバーのペンダントです。こちらはイリーナさん、貴女に」
「私にもなんですか?!」
「もちろんです。着けていただいても、よろしいですか?」
「はっ、はい」
イリーナが顔を真っ赤にして上擦った声で返答すると、エーミールは彼女の後ろに回り、ペンダントを着けてあげた。
「かわいい…」
胸元で、薄ピンク色に光る小さな貝殻と、貝殻に寄り添う小さな赤珊瑚の小さな玉が、揺れる。
「似合いますよ」
「ありがとうございます…」
イリーナはすっかり嬉しくなり、手にしていたペンギンのぬいぐるみを強く抱きしめた。
嬉しくて
切なくて
胸が 苦しい
ザッ…ザザッ……
ーーーーーーーー
ホタルの光、窓の雪。
総員、配置に着け。
了解。
ーーーーーーーー
楽しい時間は、あっという間に終わりが来る。
幸福な時間は、いつか終演となる。
傾き始めた太陽の光に、赤みが増えていく。
「所長…。お願いがあるんですけど…」
「何でしょう、イリーナさん」
「一緒に…、一緒に行って欲しい場所があるんです」
喉に何か詰まったように、苦しそうに吐き出されたイリーナの言葉を、エーミールは黙って聞いた。
初めてこの国に来た時、孤独な異邦人として不安な日々を過ごしていた。
家族もいない。知っている場所もない。友達もいない。仕事は好きだが、当時の所長をはじめ、人間関係は最悪だった。
そんな時、当時はただ一人イリーナを気にかけてくれたエリが、いいところがあると教えてくれた。
海岸線にある高台。
夕陽が映える時間が最高だよ。
見渡す限りの海。
その向こうにあるのが、あなたの国とあなたの家族。
みんな繋がってるって、全身で実感できるから。
本当にそうだった。
それから、辛いことがあると、時々来ていた。
だから、一緒に行って欲しい。
「車を出しましょう」
イリーナの願いを、エーミールは二つ返事で快諾した。
高台に着いた頃には、太陽は水平線に近づき、夕闇の足音が聞こえそうな時刻になっていた。
イリーナの言う通り、壮大な風景が眼下に広がっている。
「確かにこれは、素晴らしい」
エーミールもまた、初めて見る自然の美しさに、感嘆の思いを述べる。
「さて」
エーミールはベストの内ポケットから、タバコーーではなく、拳銃を取り出し、銃口をイリーナに向けた。イリーナもまた、拳銃を持ち、銃口をエーミールに向けていた。
「楽しい茶番劇でしたよ、イリーナさん」
「貴女はどうでしたか?」
【続く】
コメント
3件
ゑ!!!Σ(゚ロ゚!(゚ペ?)???